丸に九枚笹

内林

うちばやしUchibayashi

全国6905位 ・ 約1,340人

内林(うちはやし)は、近江にある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
うちばやし
ローマ字
Uchibayashi
全国順位
全国6905位
推計人数
約1,340人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

内林をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Uchibayashi読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「内林」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第1巻 342コマに「家紋丸に九枚笹」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 近江国(滋賀県)
  • 信濃国(長野県)
  • 紀伊国(和歌山県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

内林(うちはやし)は、近江(滋賀県)にある。家紋は丸に九枚笹。また信濃(長野県)にも存する。 宇治原(うじはら)・内原(うちはら)は、「和名抄」に紀伊国(和歌山県)日高郡に内原○が載っており、また常陸(茨城県)に内原村があり、これらから起こる。 【1】内原直 ― 日高郡内原○から起こる。紀国造の一族である。 天平宝字八年七月の紀に(この部分は原文が崩れていて読み取れない)、従二位・文室真人浄三らが奏して言った。「寺の奴婢である益人らが訴えて言うには、謹んで去年十二月十日の勅を承ったところ、紀紀袁祁臣の娘・粳売が、本国氷高評の人・内原直牟羅に嫁いで、子の身売、○売の二人を生んだ。(この先は原文の行が崩れていて読み取れない) こうした事情から長く訴えてきたが、申し開きをする手立てがなく、むなしく長年を経た。今なお滞ったままである。幸い天皇が天下をご覧になるということで、古い記録を捜したところ僧綱のもとにあり、○籍に寺の賤民の名を記してあって、その中に奴の太者と女の鞭売、および粳売の子の身売がなお見える。異腹の奴婢はみな入るべき由が記されているが、太者と○児については入るべき由が見えない、云々。 そこで益麻呂ら十二人は(この部分は原文が崩れていて読み取れない)紀朝臣の姓を賜り、真玉女ら五十九人は内原直を賜った。すなわち谷麻呂を戸頭として、京戸に編入した。しかし紀朝臣伊保らはなお疑って勅ではないとし、この事態に至った、云々。御史大夫・文室真人を召して、直接その旨を告げた、云々。……(中略) これは紀寺の奴婢である益人らが、内原直ならびに紀氏の血を受けているとして、自分たちは良人であると主張したものであるが、この文によって古くこの地に内原直がいたことが知られ、それによって内原直が紀直の一族であることが知られる。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

內林ウチハヤシ近江にあり、家紋丸に九枚笹。又信濃にも存す。字治原ウヂハラ內原ウチハラ和名抄紀伊國日高郡に內原〓を載せ、又常陸に內原村あり、此等より起る。 1內原直日高郡内原〓より起る。紀國造族なり。天平寶字八年七月紀に一九七十リ先、從二位文室眞人淨三等奏して曰ふ。寺の奴益人等訴へて云ふ、伏して去年十二月十日の勅を奉ずるに紀紀袁祁臣の女粳賣、本國氷高評の人內原直牟羅に嫁して、兒身賣、〓賣二人を生む。蒙念則臣度寅編戶の歲に至り、處分、寺家に居住せしめ、造工等食、三綱數を校し、名づ後け奴婢となす。斯により久時告訴す、分雪するに由なく、空しく多年を歷たり。今に屈滯す。幸に天朝寓內を照臨するに云々、古記文を搜ぐるに僧綱の所に在り、度午籍、寺賤の名を書き、中に奴太者並に女鞭賣、及び粳賣兒身賣猶あり。就中異腹奴婢皆入由を顯はせり。太者井に兒入由見えず云々。是に於いて益麻呂等十二人、姓ウチハハ-ウチハラ源氏にして重信より出を紀朝臣と賜ひ、眞玉女等五十九人、内原直と賜ふ。卽ち谷麻呂を以つて戶頭と爲し、京戶に編附す。而るに紀朝臣伊保等、猶ほ疑ひて勅に非ずとし、是に至る云々。御史大夫文室眞人を召し、面のあたり其の旨を告ぐ、云々。……こは紀寺の奴益人等が內原直並に紀臣の血を受けたるにて、良人なりと主張したるものなれど、この文によりて古く此の地に内原直のありしを知り、るにより紀直の一族なるを知るべし。

姓氏家系大辞典 第1巻 342コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

内林に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が内林の前後にある名字です。

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