津本
つもとTsumoto
全国4191位 ・ 約2,780人
津本(つもと)は、備後に津本荘が見え、また大和国十津川郷諭役由緒書に「高津村津本弁之助」を挙げる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- つもと
- ローマ字
- Tsumoto
- 全国順位
- 全国4191位
- 推計人数
- 約2,780人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
津本をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Tsumoto読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 備後国(広島県)
- 大和国(奈良県)
- 摂津国(大阪府・兵庫県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
津本(つもと)は、備後(広島県)に津本荘が見え、また大和国(奈良県)十津川郷諭役由緒書に「高津村津本弁之助」を挙げる。 (このあと原文は次の見出し「頭本(つもと)」「津守(つもり)」の記事に移る)津は港津の意味で、津守とはその港を守護するという意味であるから、諸国に多いわけであるが、その大半は摂津津守氏の一族であるようだ。この氏は上古以来の大姓である。 【1】津守連 ― 尾張氏の一族で、上古屈指の名族である。宗族は摂津住吉神社の神主家で、火明命の裔と伝えられる。すなわち「天孫本紀」尾張氏世系譜に「(火明命の)五世の孫・建筒草命。健額赤命の子は、多治比連・津守連・若倭部連・葛木厨直の祖」と見える。 その始祖を田裳見宿禰といい、「神功摂政前紀」に「ここに軍に従う神・表筒男、中筒男、底筒男の三神が皇后に教えて『我が荒魂を穴門の山田邑に祭らせよ』とおっしゃった。時に穴門直の祖・践立、津守連の祖・田裳見宿禰が、皇后に『神が居ようとする地を必ず定め申し上げるべきです』と申し上げた。そこで践立を荒魂を祭る神主とし、祠を穴門山田邑に立てた」と見えるのは、荒魂だけであるが、 「摂政元年紀」に「また表筒男、中筒男、底筒男の三神が教えて『わが和魂は大津渟中倉の長峡に居るのがよい。そこで往来する船を見守ろう』とおっしゃった。そこで神の教えに従い、鎮座なさった」とあるので、和魂は大津(務古水門)の渟中倉、すなわち「和名抄」にいう……(この先は原文の行が崩れて読み取れない) ……(原文の枝番二から四に当たる部分は崩れていて読み取れない) 【5】清和源氏武田氏族 ― 紀伊(和歌山県)の名族で、日高郡北道村地士に津村荘大夫がある。また「続風土記」の日高郡切目荘西野地村五体王子社の条に「神主津村氏。祖は甲斐源氏、津村権六信政という。尊氏の代に仕え、江州(滋賀県)で所領を賜った。後、永禄八年に浪人となり、熊野に来て湯川氏に仕えた。天正十四年、和州郡山で討死した。その子・信助は切目本村で養われ、後にこの社の神職となり、今に至るという」と載せている。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
津本ツモト備後に津本庄·見え、又大和國十津川郷諭役由緒書に「高津村津本辨之助」を擧ぐ。頭本ツモト津守ツモリ津は港津の意にて、津守とは其の港を守護するの意なれば、諸國に多き譯なれど、その殆んどは、攝津津守氏の族なるが如し。この氏は上古以来の大姓也。 1津守連尾張氏の族にして、上古屈指の名族也。宗族は攝津住吉神社の神主家、火明命の裔と傳へらる。卽ち天孫本紀尾張氏世系譜に「(火明命)五世の孫·建筒草命。健額赤命の子、多治比連、津守連、若倭部連、葛木厨直の祖」と見ゆ。その始祖を田裳見宿福と云ひ、神功攝政前紀に「是に於いて軍に從ふ神·表簡男、中筒男、底筒男の三神·皇后に誨ヘ奉リて宣ふ、我が荒魂を穴門の山田色に祭らしめよと。時に穴門直の祖·錢立、津守連の祖·田裳見宿禰、皇后に啓して曰ふ、神の居らんと欲する地·必ず定め奉るべしと。則ち踐立を以つて、荒魂を祭る神主と爲し、仍りて祠を穴門山田邑に立つ」と見ゆるは、荒魂のみなれど、攝政元年紀に「亦表筒男、中筒男、底筒男の三神·譯へて宣はく、吾が和魂·宜しく大津淳中倉の長峽に居り、便ち因りて往來の船を看るべしと。是に於いて神〓に隨ひ、以つて鎭リ坐す毒」とあれば、和魂は大津(務古水門)の導中倉、卽ち和名抄に謂ふ5〓和源氏武田氏族紀伊の名族にして日高郡北道村地士に津村莊大夫あり。また續風土記、日高郡切目庄西野地村五体王子社條に「神主津村氏。祖は甲斐源氏、津村權六信政といふ。尊代に仕へ、江州にて所領を賜ふ。後永祿八年·浪人となリ.熊野に來り、湯川氏に仕ふ。天正十四年、和州郡山にて討死す。其の子信助·切目本村にて養はれ、後當社の神職となリ.今に至るといふ」と載せたり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
津本と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
津本に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「津」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が津本の前後にある名字です。
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