平原
ひらはらHirahara
全国1022位 ・ 約1.8万人
平原(ひらはら)は、信濃・肥前・筑後などにこの地名があり、なおほかにも多いだろう。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ひらはら
- ローマ字
- Hirahara
- 全国順位
- 全国1022位
- 推計人数
- 約1.8万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.014%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
平原をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Hirahara読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「平原」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
丸に蝶
羽を広げたアゲハチョウを象った図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 276コマに「家紋丸に三蝶、丸に蝶花形平原城」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 信濃国(長野県)
- 肥前国(佐賀県・長崎県)
- 筑後国(福岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
平原(ひらはら)は、信濃(長野県)・肥前(佐賀県・長崎県)・筑後(福岡県)などにこの地名があり、なおほかにも多いだろう。 【1】平原朝臣 ― 「拾芥抄」に見える。 【2】無尸の平原氏 ― 前項の氏の裔か。「源平盛衰記」に平原次郎景能があり、あるいはこの一族だろう。 【3】清和源氏小笠原氏族 ― 信濃国佐久郡平原邑から起こる。小笠原長○の七男・大井太郎朝光の子・又太郎光長の子・六郎光盛が平原に住み、この氏を称したという。(この一句は原文の字が崩れて読み取れない)「大井」の項を参照。 【4】清和源氏宇野氏族 ― 前項の氏と同様、信州平原から起こったといい、両者の間には密接な関係があるだろう。……(中略)下総全真は佐久郡平原城に拠って村上義清に属し、法名を全棟という。その子・又左衛門信盛は武田信玄に仕えた。その長子・源蔵盛昌(川中島で戦死)、次男・右近昌忠(右近之助、元亀三年に遠江二俣合戦で討死)、三男・将監(信州加賀川で討死)で、昌忠の子・右馬助盛繁(源七郎、母は羽根若狭守の女)に至って家康に仕え、子孫は依田氏を称した。家紋は丸に三蝶、丸に蝶。 平原城(南大井村平原)は平原氏の居城で、天正十年に徳川氏に属し、全真(本姓は依田、上野板鼻氏)は家康に属したが、狼藉があって殺されたとも伝える。また諏訪の平原氏は、丸に三つ桔梗を家紋とする。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
平原ヒラハラ信濃、肥前、筑後等に此の地名あり、猶ほ多かるべし。 1平原朝臣拾芥抄に見ゆ。 2無尸の平原氏前項氏の裔か。源平盛衰記に平原次郞景能あり、或は此の族ならん。 3〓和源氏小笠原氏族信濃國佐久郡平原邑より起る。小笠原長〓七子大井太郞朝光が男又太郞光長の子六郞光盛·平原に住し、此の氏を稱すとぞ。その男婦六光連也大井條參照4〓和源氏宇野氏族前項氏と同樣、信州平原より起るとぞ、兩者の間に密接なる関係あらん。……下總全眞は佐久郡平原城に據りて村上義〓に屬す、法名全棟。その男又左衞門信盛は武田信玄に仕ふ。その長子源藏盛昌(川中島戰死)、二男右近昌忠(右近之助、元龜三年遠江二俣合戰討死)、三男將監(信州加賀川討死)にて、昌忠の男右馬助盛繁(源七郞、母は羽根若狭守女)に至リ、家康に仕へ、子孫依田氏を稱す。家紋丸に三蝶、丸に蝶花形平原城(南大井村平原)は平原氏の居城にして、天正十年德川氏に屬し、全眞(本姓依田、上野板鼻氏)は家康に屬せしが、狼籍して殺さるとも云ふ。又諏訪の平原氏は丸に三つ桔梗を家紋とす。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
平原に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「平」の字を含む名字
「平原」で始まる・平原を含む名字
平原の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が平原の前後にある名字です。
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