宮西
みやにしMiyanishi
全国2106位 ・ 約7,070人
宮西(みやにし)は、江戸日吉神社の祠官で、阿蘇姓であり、文明年間に当社を勧請した際にこの地に来たという。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- みやにし
- ローマ字
- Miyanishi
- 全国順位
- 全国2106位
- 推計人数
- 約7,070人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
宮西をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Miyanishi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
宮西(みやにし)は、江戸日吉神社の祠官で、阿蘇姓であり、文明年間に当社を勧請した際にこの地に来たという。その後、宮西諸助(仲友)は浅草寺領代官・本間氏の子で、この氏の養子となり、明治には神道学者として名声があった。また現在、宮西惟助氏は神職界の重鎮である。 (このあと原文は次の見出し「宮主(みやぬし)」の記事に移る) 応神天皇の妃に宮主宅媛があり、和邇の項を参照。また熊野の神官に「禰宜・宮主高実」とみえる。
原文(文語体)を見る
宮西ミヤニシ江戶日吉神社の祠官にして、阿蘇姓、文明中、當社勸請の際、當地に來るとぞ。その後、宮四諸助(仲友)は淺草寺領代官本間氏の男、此の氏の養子となり、明治、神道學者として名聲あり。又現今、宮四惟助氏·神職界の重鎭たり。宮主ミヤヌシミヤシ應神天皇の妃に宮主宅媛あり、和邇條を見よ。又熊野神官に「禰宜宮主高實」見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
宮西に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「宮」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が宮西の前後にある名字です。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
