孕石

はらみいしHaramiishi

全国9939位 ・ 約754人

孕石(はらみいし)は、【1】藤原南家工藤氏族 ― 遠江国佐野郡(今の小笠郡)孕石邑より起こる。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
はらみいし
ローマ字
Haramiishi
全国順位
全国9939位
推計人数
約754人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

孕石をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Haramiishi読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 遠江国(静岡県)
  • 和泉国(大阪府)
  • 能登国(石川県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

孕石(はらみいし)は、【1】藤原南家工藤氏族 ― 遠江国(静岡県)佐野郡(今の小笠郡)孕石邑より起こる。原田庄の領主・原左衛門尉忠泰の玄孫、忠頼の弟高忠が同庄孕石村を領してこの氏を称した。 その七世の裔・読岐守光尚は今川義元に仕え、文武に優れ、多くの功績を挙げた。その子は主水佑元秦といい、和泉守に任じられた。後に武田信玄・勝頼に仕えて高天神城を守ったが、松平氏に捕らえられ、節を曲げず従わなかった。その子を元成という。 【2】和霊部姓 ― 前項の氏と同じであるが、「大宮富士系図」に「大宮司能登守信通の次男・孕石主水助元奉」と見える。その子を源右衛門という。 【3】雑載 ― また武田家臣に孕石忠弥があり、甲州(山梨県)八代郡の名族であった。また秀康の○給帳に「百石 孕石彦左衛門」を載せ、また酸河・武蔵(東京都・埼玉県)などに見える。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

孕石ハラミイシ1藤原南家工藤氏族遠江國佐野郡今小笠郡)乎石邑より起る。原田庄の領主原左衞門尉忠泰の玄孫忠頼の弟高忠·同庄孕石村を領して此の氏を稱す。その七世の裔讀岐守光尙·今川義元に仕へ、文武に秀で、功診からず。その男主水佑元秦·和泉守に任ぜらる。後武田信玄、勝賴に仕へ、高天神城を守り、松平氏に處へられしが、節を持して下らず。その男を元成と云ふ。 2和靈部姓前項氏に同じけれど、大宮富士系圖に「大宮司能登守信通の次男孕石主水助元奉」と見ゆ。其の子を源右衞門と云ふ。 3雜載また武田家臣に孕石忠彌あり、又甲州八代郡の名族たり。又秀康痢給帳に「百石孕石彥左衞門」を載せ、又酸河、武藏等に見ゆ。

姓氏家系大辞典 第5巻 189コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

孕石に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が孕石の前後にある名字です。

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