元田
もとだMotoda
全国2492位 ・ 約5,670人
元田(もとだ)は、 【1】肥後の元田氏 ― 熊本藩士で、菊池郡代に元田尉大夫(享保)があった。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- もとだ
- ローマ字
- Motoda
- 全国順位
- 全国2492位
- 推計人数
- 約5,670人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
元田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Motoda読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 肥後国(熊本県)
- 筑後国(福岡県)
- 豊後国(大分県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
元田(もとだ)は、 【1】肥後(熊本県)の元田氏 ― 熊本藩士で、菊池郡代に元田尉大夫(享保)があった。また幕末明治に至り、元田永孚(子中、東皐)が出て国事に功が多く、男爵を賜った。その男は享吉である。 【2】筑後(福岡県)の元田氏 ― 久留米十軒屋敷に元田九郎兵衛が見える。 【3】豊後(大分県)の元田氏 ― 杵築藩士元田長○の男・百平○は帆足万里門下の俊才で竹渓と号した。また近い世に元田肇があり、明治以来、政界に名声が高い。 【4】雑載 ― そのほか、信濃(長野県)などに存在する。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
元田モトダ1肥後の元田氏熊本藩士にして、菊池郡代に元田尉大夫(享保)あり。又幕末明治に至り、元田永孚(子中、東皐)出で國事に功多く、男爵を賜ふ、その男享吉也。 2筑後の元田氏久留米十軒屋敷に元田九郞兵衛·見ゆ。 3豐後の元田氏杵筑藩士元田長〓の男百平葬は〓足萬里門下の俊才にして竹溪と號す。又近き世に元田肇あり、明治以來、政界に名聲高し。 4雑戰その他、信濃等に存す。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
元田に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「元」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が元田の前後にある名字です。
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