菱

打越

うちこしUchikoshi

全国2487位 ・ 約5,690人

打越(うてえち・うていち)は、羽後国由利郡打越邑から起こる。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
うちこし
ローマ字
Uchikoshi
全国順位
全国2487位
推計人数
約5,690人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

打越をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Uchikoshi読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「打越」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第1巻 353コマに「家紋松笠菱、丸に一文字三星」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 羽後国(秋田県)
  • 紀伊国(和歌山県)
  • 常陸国(茨城県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

打越(うてえち・うていち)は、羽後国(秋田県)由利郡打越邑から起こる。由利十二頭の一つで、また紀伊(和歌山県)にもこの氏がある。 【1】清和源氏小笠原氏流 ― 羽後由利十二党の一つで、また内越とも書く。由利郡内越館による。 「矢島十二頭記」に「打越殿、太郎、若名孫四郎、宮内少輔殿、今は亀田領打越にて二千石を知行され、その後関東へ国替えでまた千石加増、矢島へ元和九年に下り、寛永十一年逝去、跡は潰れ申し候」と見え、「義光物語」に「内越孫次郎、六十五人」とある。 また「新風土記」に「打越左近、内越館主(寒風館)、また岩倉館に住んだこともあり、その子孫打越孫四郎が天正の頃その名を現した」とある。また「新編常陸国(茨城県)志補遺」に「打越飛騨守光隆は行方郡新宮に居る。由利十二頭の一つで、父を孫太郎という。慶長七年三千石を食み、元和九年また矢島に移る」と載せている。この氏は小笠原長経の子朝光の後という。「寛政呈譜」に「大井朝光十一代宮内氏光、打越○に住み、称号とする」とあり、家紋は松笠菱、丸に一文字三星。 【2】同上 ― 前項氏の庶流という。家紋は王の字、三階○、丸に一文字三星、松皮菱。 【3】紀伊の打越氏 ― 「続風土記」牟婁郡和田村条に「旧家打越忠蔵、土地の人は当家を荘司という」とある。内越(うてえち・うていち)は打越と同じで、前条および由利の項を見よ。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

打越ウテヱチウテイチ羽後國由利郡打越邑より起る、由利十二頭の一なり、又紀伊にも此の氏あり。 1〓和源氏小笠原氏流羽後由利十二黨の一にして、又内越ともあり。由利郡内越館に據る、矢島十二頭記に「打越殿、太郎、若名孫四郞、宮内少輔殿、今亀田領打越にて二千石知行成され、其の後關東へ國替にて又千石加增、矢島へ元和九年に下り、寛永十一年逝去、跡潰れ候」と見え、義光物語に「內越孫次郞、六十五人、」と。また新風土記に「打越左近、内越館主(寒風館)、又岩倉館に住せし事もあリ、その子孫打越孫四郞·天正の頃その名顯はる」と。又新編常陸國志補遺に「打越飛驒守光隆·行方郡新宮に居る。由利十二頭の一、父を孫太郞と云ふ。慶長七年三千石を食み、元和九年また矢島に徒る」と載せたり。此の氏は小笠原長經の子朝光の後なりと。寬政呈譜に「大井朝光十一代宮內氏光、打越〓に住し、稱號とす」と、家紋松笠菱、丸に一文字三星。 2同上前項氏の庶流なりと。家紋王の字、三階萎、丸に一文字三星、松皮菱。 3紀伊の打越氏續風土記卒婁郡和田村條に「舊家打越忠藏、土人當家を莊司と云ふ」とあり。內越ウテヱチウテイチ打越に同じ、前條及び由利條を見よ。

姓氏家系大辞典 第1巻 353コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

打越に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が打越の前後にある名字です。

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