伴野
とものTomono
全国2349位 ・ 約6,130人
伴野(ともの)は、「和名抄」に信濃国伊那郡の伴野郷を収め、土毛乃と注し、高山寺本には度毛乃と訓ずる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ともの
- ローマ字
- Tomono
- 全国順位
- 全国2349位
- 推計人数
- 約6,130人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
伴野をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Tomono読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 信濃国(長野県)
- 加賀国(石川県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
伴野(ともの)は、「和名抄」に信濃国(長野県)伊那郡の伴野郷を収め、土毛乃と注し、高山寺本には度毛乃と訓ずる。「東鑑」には伴野庄とし、後に伴野邑という。また佐久郡にも同名の邑がある。 【1】大伴姓 ― 「和名抄」の伊那郡伴野郷、および佐久郡の伴部村は、共に大伴部が住んだ地であろう。延喜式に載る佐久郡の大伴神社は、その氏神と考えられる。古く「古今著聞集」巻六に「右近将曹伴野貞行」という者が見える。この氏の人か。 【2】清和源氏小笠原氏族 ― 「東鑑」文治二年十月条に「信濃国伴野庄云々地頭加賀美二郎長清」、また四年九月条に「伴野庄地頭小笠原次郎」と見える伴野庄から起こり、長清の子時長を祖とする。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
伴野トモノハン和名抄、信濃國伊那郡に伴野〓を收め、土毛乃と註し、高山寺本には度毛乃と訓ず。東艦には伴野庄とし、のち伴野邑と云ふ。又佐久郡にも同名邑あり。 1大伴姓和名抄の伊那郡伴野〓、及び佐久郡の伴部村は、共に大伴部が住居せし地なるべし。而して延喜式所載佐久郡の大伴神社は其の氏神と考へらる。古く古今著聞集卷六に「右近將曹伴野貞行」なる者見ゆ。此の氏人か。 2〓和源氏小笠原氏族東鑑、文治二年十月條に「信濃國伴野庄云々地頭加賀美二郞長〓、」また四年九月條に「伴野庄地頭小笠原次郞」と見ゆる伴野庄より起り、長〓の子時長を祖とす。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
伴野と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
伴野に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
同じくらいの多さの名字
全国順位が伴野の前後にある名字です。
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