鎌塚
かまつかKamatsuka
全国7177位 ・ 約1,260人
鎌塚(かまつか)は、遠江・武蔵・下総などにこの地名がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- かまつか
- ローマ字
- Kamatsuka
- 全国順位
- 全国7177位
- 推計人数
- 約1,260人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
鎌塚をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kamatsuka読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 遠江国(静岡県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 下総国(千葉県・茨城県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
鎌塚(かまつか)は、遠江(静岡県)・武蔵(東京都・埼玉県)・下総(千葉県・茨城県)などにこの地名がある。 竈門(かまど)は、筑前(福岡県)・豊後(大分県)などにこの地名がある。……(中略) 【2】筑前の竈門 ― 御笠郡宝満山に竈門神社があり、玉依姫命を祀るという。高橋氏がこの地による。その条を見よ。 【3】大伴姓 ― 紀伊(和歌山県)の豪族で、「続風土記」伊都郡三各村旧家竈門新五郎の条に、二代前の祖を大伴常家という。竈門明神の末裔であるという。常家は竈門明神の神職であった。家に文暦元年の紛失状、および建武二年の住居事下知状一通を蔵する。また建治二年、天野社神職の丹生友家から田地処分の証文一通がある。今に至るまで、住居の地は除地である。……(中略)大伴の条、第三十二項を参照。 鎌中(かまなか)・鎌野(かまの)は、讃岐(香川県)の豪族で、三谷村鎌野城による。「全讃史」に「鎌野源大夫武恒がこれに居り、三谷氏の麾下である」と見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
鎌塚カマツカ遠江、武蔵、下總等に此の地名あり。竈門カマド筑前、豐後等に此の地名あり。……2筑前の竈門御笠郡寳滿山に竈門神社あり、玉依姫命を祀ると云ふ。高橋氏·この地に據る。その條を見よ。 3大伴姓紀伊の豪族にして、續風土記、伊都郡三各村舊家竈門新五郞條に二代の祖を大伴常家といふ。竈門明神の末裔なりといふ。常家·竈門明神の神職たり。家に文曆元年の紛失狀、及び建武二年住居事下知狀一通を藏む。又建治二年、天野社神職丹生友家より、田地處分の證文一通あり。今に至りて、住居の地は除地なり。……大伴條第三十二項參照。鎌中カマナカ鎌野カマノ讃岐の豪族にして三谷村鎌野城に據る。全讃史に「鐵野源大夫武恒之に居る、三谷氏の麾下也」と見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
鎌塚に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「鎌」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が鎌塚の前後にある名字です。
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