金成

かなりKanari

全国2918位 ・ 約4,610人

金成(かんなり)は、陸前国栗原郡金成邑より起こる。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
かなり
ローマ字
Kanari
全国順位
全国2918位
推計人数
約4,610人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

金成をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Kanari読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 陸前国(宮城県・岩手県)
  • 羽後国(秋田県)
  • 播磨国(兵庫県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

金成(かんなり)は、陸前国(宮城県・岩手県)栗原郡金成邑より起こる。「封内記」に「金成邑、古塁がおよそ三つあり、東館・西館・南館と号する。伝えていうには、金売橋治の兄弟三人が居た所で、その後、旧邑主金成内膳が南館に居た」とある。葛西氏の一族(桓武平氏)であり、明応の薄衣状にも見える。トミザワの項を見よ。 (このあと原文は次の見出し「加成」の記事に移る)加成は、また嘉成とも書き、金成・神成と通じて用いられる。羽後北秋田の豪族で、米内沢城に拠る。前の項の金成氏の後裔かという。 「永慶軍記」に「秋田城介実季は云々、米内沢に加成常陸介、阿仁播磨守、五城目内記」とあり、また「葛西の末葉加成云々」と載せる。「柞山誌」には「阿仁米内沢の古城は嘉成常陸介資○、嫡子右馬頭貞○の居館である」とある。 天正十六年、南部氏が秋田を攻めようとして、○森判官を先鋒とし、兵五百をもって、加成の居る安保の三人衆がこれに加わり、一味となって城を攻めた。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

金成カンナリ陸前國栗原郡金成邑より起る。封内記に「金成邑、古壘凡そ三、東館、西館、南館と號す。傳へて曰ふ、金賣橋治兄弟三人居る所、其の後、舊邑主金成內膳·南館に居る、」と。葛西氏の族(桓武平氏)にして、明應の薄衣狀にも見えたり。トミザハ條を見よ。加成カンナリ又嘉成に作り、金成、神成と通じ用ひらる。羽後北秋田の豪族にして、米內澤城に據る。前條金成氏の族裔かと云ふ。永慶軍記に「秋田城介實季は云々、米内澤に加成常陸介、阿仁播磨守、五城目內記、」また「葛西の末葉加成云々」と載せ、柞山誌に「阿仁米內澤の古城は嘉成常陸介資〓、嫡子右馬頭貞〓の居館なり」と。天正十六年、南部氏·秋田を攻めんとて、〓森判官を先鋒とし、兵五百を以つて加成が居安保の三人衆之に加はり一味城を攻む。

姓氏家系大辞典 第2巻 313コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

金成と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

金成に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

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全国順位が金成の前後にある名字です。

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