野平

のだいらNodaira

ほかの読み: のひら

全国4149位 ・ 約2,820人

野平(のだひら・やへい)は、「東鑑」巻十に野平右馬九を載せている。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
のだいら ・ のひら
ローマ字
Nodaira
全国順位
全国4149位
推計人数
約2,820人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

野平をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

「のだいら」と読む場合

Nodaira読みをそのまま写した形

「のひら」と読む場合

Nohira読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 安芸国(広島県)
  • 甲斐国(山梨県)
  • 石見国(島根県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

野平(のだひら・やへい)は、「東鑑」巻十に野平右馬九を載せている。また安芸国(広島県)高宮郡下町屋村にこの氏がある。先祖の野平藤馬丞は甲斐国(山梨県)の人で、熊谷氏に従って来て、初め大林村に居った。後に子孫がこの村に来た(「芸藩通志」)。またそのほか石見(島根県)・信濃(長野県)などにも存する。 野田丸(のたまる)は、伊勢国(三重県)員弁郡の豪族で、野田丸右京は丹生川久下城による。服部氏である。「はとりべ」の項を見よ。 野馳(のち)は、「和名抄」に備中国(岡山県)哲多郡の野馳○を収めて「のち」と注し、高山寺本には「野駄」と載せて「おだ」と訓ずる。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

野平ノダヒラヤヘイ東鑑卷十に野平右馬九を載せたり。又安藝國高宮郡下町屋村に此の氏あり。先祖野平藤馬丞は、甲斐の國の人にて、熊谷氏に從ひ來り、始め大林村に居る。後子孫·此の村に來る(藝藩通志)古いち又石見、信濃等にも存す。野田丸ノタマル伊勢國員辨郡の豪族にして、野田丸右京は丹生川久下城に據る。服部氏也。ハトリベ條を見よ。野馳ノチ和名抄、備中國哲多郡に野馳〓を收め、乃知と註し、高山寺本には野駄と載せ、乎駄と訓ず。

姓氏家系大辞典 第5巻 34コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

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