筧
かけいKakei
全国4139位 ・ 約2,820人
筧(かけひ)は、次の諸流がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- かけい
- ローマ字
- Kakei
- 全国順位
- 全国4139位
- 推計人数
- 約2,820人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 豊後国(大分県)
- 三河国(愛知県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
筧(かけひ)は、次の諸流がある。 【1】藤原姓 ― もと伊勢(三重県)に発祥し、三河(愛知県)に移るという。……(中略)その家譜に「山田の住人・覚豊後守正行の後胤である正綱の時、三河国八名の○に移る」という。「寛政系諸本」に庶十五家を載せ、家紋は三つ頭左巴。 (このあとの内容は、原文の行が崩れて筧の記事と混ざっており、伊達氏族の懸田氏に関する記事とみられる)玄昌と相議し、大仏の城に籠る由を告げて来た。これによって、畠山修理大夫を討手として差し向けられた。十二月二十一日、大仏方は兵糧が尽きて、大将の松犬丸・懸田入道は落去した云々、とこれをいうのである。その系譜は、室町内書案、寛正中に懸田次郎が見える。 【4】伊達氏流 ― 第二項に併せていう。子孫は「黒木」の項を見よ。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
筧カケヒ次の諸流あり。 1藤原姓もと伊勢に發祥し、三河に移ると云ふ。……其の家譜に「山田の住人覚豐後守正行が後胤正綱がとき、三河國八名の〓に移る」と云ふ。寛政系諸本庶十五家を載す、家紋三頭左玄昌と相議し、大佛の城に精る由告げ來る。玆に因りて、畠山修理大夫を討手として差向けらる。十二月二十一日大佛ウム、兵糧盡て、大將松犬丸、懸田入道落去す。云々」と、これを云ふなり。其の腹、室町內書案、寛正中に懸田次郞見ゅ。 4伊達氏流第二項に併せ云へり、子孫黑木條を見よ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
愛知県の資料にも載っています
『角川日本姓氏歴史人物大辞典 23 愛知県』(角川書店、1991年) p.687
愛知県の姓氏を集めた辞典に「筧」の項があります。本文はこのサイトには載せていません。お近くの図書館などでご覧ください。
同じ読みの名字
筧と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
