野嶋
のじまNojima
全国4716位 ・ 約2,300人
野島(のじま)は、武蔵・安房・陸前・紀伊・淡路・阿波などにこの地名が存する。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- のじま
- ローマ字
- Nojima
- 全国順位
- 全国4716位
- 推計人数
- 約2,300人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
野嶋をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Nojima読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 陸前国(宮城県・岩手県)
- 紀伊国(和歌山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
野島(のじま)は、武蔵(東京都・埼玉県)・安房(千葉県)・陸前(宮城県・岩手県)・紀伊(和歌山県)・淡路(兵庫県)・阿波(徳島県)などにこの地名が存する。 【1】桓武平氏野与党 ― 武蔵の豪族で、七党系図には一に野崎と作る。渋江二郎左衛門光茂の子・光員が野島兵衛尉(一に野崎)と称した。その後裔で、久良岐郡に野島村がある。野与・野崎の項を参照。 【2】相馬氏族 ― 武蔵足立郡の名族である。もと浅井長政の家人であったが、その滅亡後、長政の妾腹の子を伴って埼玉郡立野堀村に来り、氏を野島と改めたという。相馬の項を見よ。 【3】河内(大阪府)の野島氏 ― 交野郡の名族で、延元の頃、楠氏に従って勤王した士に野島一族がある。また下って「寛水三宮拝殿着座」に「杉村野島氏」が見える。 【4】伊予(愛媛県)の野島氏 ― 次項に併せて述べる。 【5】雑載 ― 下総小金の本土寺過去帳に二郎を載せ、また水戸藩の勤王志士に野島佐三郎惟孝がある。そのほか伊勢(三重県)・志摩(三重県)などにも存する。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
野島ノシマ武蔵、安房、陸前、紀伊、淡路、阿波等に此の地名存す。 1桓武平氏野臭黨武蔵の豪族にして、七黨系圖には、一に野崎に作れり。澁江二郞左衞門光茂の子光員·野島兵衞尉(一に野崎)と稱す。其の後にして、久良岐郡に野島村あり。野奥、野崎條參照。 2相馬氏族武蔵足立郡の名族也。元淺井長政の家人なりしが、その減後、同人妾腹の子を伴ひ、埼玉郡立野堀村に來り、氏を野島と改むと云ふ。相馬條を見よ。 3河內の野島氏交野郡の名族にして、延元の頃、楠氏に從ひ動王せし士に野島一族あり。又下りて寬水三宮拜殿着座に「杉村野島氏」見ゆ。伊豫の野島氏次條に併せ云へり。 5雑穀下總小金本土寺湯去に二郞を載せ、又水戶藩勤王志士に野島佐三郞惟孝あり。その他、伊勢、志摩等にも存す。
『姓氏家系大辞典』はこの名字を「野島」の表記で立項しています。引用はその項のものです。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
野嶋と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
野嶋に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
同じくらいの多さの名字
全国順位が野嶋の前後にある名字です。
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