一文字

那須

なすNasu

全国596位 ・ 約3.4万人

那須(なす)は、下野国に那須郡がある。

1件の公開家系図に 2人

基本情報

読み
なす
ローマ字
Nasu
全国順位
全国596位
推計人数
約3.4万人
全国比率
日本人のおよそ0.027%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

那須をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Nasu読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「那須」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第4巻 472コマに「家紋一文字」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 下野国(栃木県)
  • 信濃国(長野県)
  • 日向国(宮崎県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

那須(なす)は、下野国(栃木県)に那須郡がある。古代の那須国の遺跡で、『和名抄』は十二郷に分け、そのうちに那須○を収める。国名の起源の地である。また『東鑑(吾妻鏡)』建久四年の条に「下野国那須荘」、延元三年の結城文書に「那須上荘」などと見えるのは、みなこの地である。そのほか信濃(長野県)・日向(宮崎県)などにもこの地名がある。 【1】那須国造 ― 阿倍氏の一族である。那須国は後世の那須郡付近の地をいう。『国造本紀』に「那須(一本に「須羽」とあるのは誤写)国造。纒向日代(景行)朝の御代、建沼河命の孫・大臣命を国造に定められた」とある。 そしてこの国造の氏姓は奈須直で、中古に至っても那須郡領として栄えた。後に引く那須国造碑に「那須国造・追大壱那須直章提」と見え(次項を参照)、なお○和十年十二月紀に「下野国那須郡大領・外従六位下勲七等丈部益野」とあるのも、この国造の遺裔だろう。丈部とは阿倍氏の配下をいう。「ハセツカベ」の項を参照。また『大同類聚方』に「奈洲国造浄主」がある。 【2】那須直 ― 那須国造の氏姓で、湯津上村(石上○か)の那須国造碑に「永昌元年(朱鳥四年)己丑四日、飛鳥浄御原(持統天皇)の大宮で、那須国造・追大壱那須直章提が評督を賜わり、歳次庚子の年(文武朝四年)正月二壬子の日に亡くなった。意斯麻呂らが碑を立てて偲び銘す、云々。 仰ぎ思うに殞公は広氏の尊胤、国家の棟梁である。……(中略)これをもって曾子の家に驕る子がなく、仲尼の門に罵る者がない。孝を行う子はその語を改めない」……(この先は引用が閉じないまま途切れている)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

那須ナス下野國に那須郡あり、古代那須國の遺跡にして、和名抄、十二〓に分ち、その内に那須〓を收む、國名の起原地也。又東艦建久四年條に「下野國那須莊」、延元三年の結城文書に「郡須上莊、」など見ゆる、皆この地なり。その他、信濃、日向等にも此の地名存す。 1那須國造阿倍氏の族也。那須國は後世の那須郡附近の地を云ふ。國造本紀に「郡須(一本に須羽とあるは誤寫)國造。纒向日代(景行)朝の御代、建沼河命の孫大臣命を國造に定め賜ふ」とあり。止つ國造の氏姓は、奈須直にして、中古に至リても那須郡領として榮えたり。後に引く奈須國造碑に「那須國造追大壹那須直章提と見え(次項を見よ)、猶ほ水和十年十二月紀に「下野國那須郡大領外從六位下勳七等丈部益野」とあるも、此の國遣裔なるべし丈部とは阿倍氏の配下を云ふ、ハセツカベ條を見よ。又大同類藥方に「奈洲國造淨主」あり。 2那須直那須國造の氏姓にして、湯津上村(石上〓か)奈須國造碑に「永昌元(朱鳥四)年己丑四日、飛鳥淨御原(持統天皇)大宮に那須國造追大麦那須直章提·評督を賜はり、歲次康(度)子年(文武朝四年)正月二壬子日展節に殄(物)故す。意斯麻呂等·碑を立てゝ、偲を銘す、云雷。仰ぎ惟ふに殞公、廣氏尊胤、国家の棟梁。……是を以つて曾子の家に、嬌(驕)子ある先く、仲尾の門に罵者あるなし。行孝の子は其の語を改めず。

姓氏家系大辞典 第4巻 471コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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