奈須
なすNasu
全国2674位 ・ 約5,190人
奈須(なす)は、前項と通じて用いられる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- なす
- ローマ字
- Nasu
- 全国順位
- 全国2674位
- 推計人数
- 約5,190人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
奈須をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Nasu読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 備中国(岡山県)
- 豊前国(福岡県・大分県)
- 陸中国(岩手県・秋田県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
奈須(なす)は、前項と通じて用いられる。「那須系図」に「宗隆・寿は備中(岡山県)の絵原荘を賜る」……(この先は原文が崩れて読み取れない)ここは代々奈須氏の領地である。当主奈須右近将監祐貞は当家に属し、三位公の恩顧を受けたので、心を尽くして、「小豆飯に菜○、鰯の焼物を供えた」などと見える。 【5】源姓 ― 第二項を見よ。 【6】そのほか狩野派の画家に奈須政信(宗泉)、同内匠種信(宗仙)、政信の子○(宗仙)などがあり、皆名がある。また豊前若松に奈須敬氏がある。 (このあと原文は次の見出し「奈洲(なす)」「那次(なすなじ)」の記事に移る) 奈洲は那須に同じ。 那次は、「東鑑」巻十五に那次太郎が見える。 (このあと原文は次の見出し「那須井(なすい)」「那須川(なすかわ・なじかわ)」の記事に移る) 那須川は、陸中国(岩手県・秋田県)胆沢郡那須川から起こる。文治の頃、奥州(東北地方)の検断に那須川左衛門という人があったという。柏山の項を見よ。また葛西の項を参照。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
奈須ナス前條と通じ用ひらる。ナス四三七「義昭那須系圖に「宗隆·壽備中の繪原莊を賜ふ」ナスナス四三七せらる、此處は代々奈須氏の領地なり。當主奈須右近將監祐貞は當家に屬し、三位公の恩顧を受しかば、心を盡して、小豆飯に菜薨、鰯の燒物を供へける」など見ゆ。 5源姓第二項を見よ。 6雜載狩野派畫家に奈須政信(宗泉)、同內匠種信(宗仙)、政信の子養〓(宗仙)等.皆名あり。又豐前若松に奈須敬氏あリ。奈洲ナス那須に同じ。那次ナスナジ東艦卷十五に那次太郞見ゆ。那須井ナスヰ那須川ナスカハ那次川ナスカハナジカハ陸中国譫澤郡那次川より起る。文治の頃、奥州の撿斷に那次川左衞門なる人ありと云ふ。柏山條を見よ。又葛四條參照。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
奈須と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
奈須に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「奈」の字を含む名字
「奈須」で始まる・奈須を含む名字
奈須の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が奈須の前後にある名字です。
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