若崎
わかさきWakasaki
全国8661位 ・ 約937人
若崎(わかさき)は、周防の名族で、菅原道真の四男・淳茂から出た。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- わかさき
- ローマ字
- Wakasaki
- 全国順位
- 全国8661位
- 推計人数
- 約937人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
若崎をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Wakasaki読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「若崎」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
梅鉢
梅の花を、丸い五枚の花びらで表した図案。
『姓氏家系大辞典』第6巻 462コマに「家紋·梅鉢、笹龍膽若狭遠敷ワカサノヲニフ若狹遠數朝臣ヲニフ條」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 周防国(山口県)
- 若狭国(福井県)
- 丹波国(京都府・兵庫県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
若崎(わかさき)は、周防(山口県)の名族で、菅原道真の四男・淳茂から出た。その十七世孫・重勝の二男重次は若崎右兵衛府と称し、その孫・重好は外戚の橋姓を名乗ったが、その後、四代孫の好次が本姓に復したという。家紋は梅鉢、笹竜胆。 (このあと原文は次の見出し「若狭遠敷(わかさのおにふ)」の記事に移る)若狭遠敷は、「若狭遠数朝臣(おにふ)」の項を参照。……(中略) (このあと原文は次の見出し「若狭耳別(わかさのみみわけ)」の記事に移る)若狭耳別は、丹波氏の一族である。「ミミ」の項を参照。……(中略) (このあと原文は次の見出し「若桜部(わかさくらべ・わかさべ)」の記事に移る)若桜部は、履中天皇の御名代部で、天皇の都である磐余稚桜宮の「稚桜」という名を負ったものである。稚桜は十市郡にある。 この名の由来については、履中紀三年条に「天皇が両枝船を磐余の市磯池に浮かべ、皇妃とそれぞれ分かれて乗り、宴を催された。膳臣余磯が酒を献じたとき、桜の花が御盞に落ちた。天皇はこれを不思議に思われ、物部長真○連(この一字は原文で表記が一定せず判読できない)を召して『この花は季節外れにやって来た。いったいどこの花か。お前が自ら探して来い』と仰せられた。 そこで長真○連はひとり花を尋ね、掖上の室山でこれを見つけて献上した。天皇はその珍しさを喜ばれ、そのまま宮の名とされた。それゆえ磐余稚桜宮というのは、この縁による。この日、長真○連の本姓を改めて稚桜部造といい、また膳臣余磯を稚桜部臣と名づけた」とあることから知られる。 稚桜部造および稚桜部臣は、この出来事によってそれぞれこの部の伴造となり、その氏名に部の名を負うに至ったという。なお「若桜部造」の項を参照。 この部には以上のような伝説があるが、若桜部は多くワカサベと訓むことから見れば、あるいは付会の伝説かもしれない。 【1】大和城上郡に若桜神社がある。 【2】和泉(大阪府)の第十一項を参照。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
若崎ワカサキ周防の名族にして、管原道眞が四男淳茂より出つ。その十七世孫重勝の二男重次·若崎右兵衞府と稱す、その孫重好·外戚橋姓を冒し、其の後、四代孫好次·本姓に復すと云ふ。家紋·梅鉢、笹龍膽若狭遠敷ワカサノヲニフ若狹遠數朝臣ヲニフ條を見よ。……若狹耳別丹波氏の族也、ミミ條を見よ。……若櫻部ワカサクラペワカサベ履仲天皇の御名代部にして、天皇の都なる磐余稚櫻宮の稚櫻てふ名を負ひ奉りし也稚櫻は十市郡にありて、此の名義につきては、覆仲紀三年條に「天皇·兩枝船を勢余の市磯池に泛べて、皇妃と各々分れ乘リて遊宴し給ふ。膳臣余磯·酒を献る、時に櫻花·御盡に落つ。天皇·之を異しみ給ひ、則ち物部長眞贈連を召し、詔して宣はく、是の花や時じくに來れり、其れ何處の花ぞ矣。汝·自ら求むべしと。是に於いて、長眞贈運·獨り花を尋ねて、掖上の室山に獲て之を献る。天皇·其の希有をひたたひ、卽ち宮名と爲したまふ。故れ勞余稚櫻宮と謂ふに、其れ此の緣也是の日に長眞騰連の本姓を改めて、稚穏部造と曰ふ。又膳臣余磯を號けて稚穏部臣と目ふ」とあるにて知るべし。雜櫻部造、及び稚櫻部臣は、此の事によりて、各々此の部の伴造となり、其の氏名に部名を負ふに至りし也。猶ほ若櫻部造を見よ此の部は以上の如き傳說あれど、若櫻部は多くワカサべと割ずるより見れば、或は附會の傳說か。 1大和城上郡に若櫻神社あり。 2和泉第十一項參照。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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