立島
たてしまTateshima
全国9858位 ・ 約762人
立島(たてしま)は、越後国岩船郡の豪族で、建武の頃に立島彦三郎があった。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- たてしま
- ローマ字
- Tateshima
- 全国順位
- 全国9858位
- 推計人数
- 約762人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
立島をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Tateshima読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 越後国(新潟県)
- 大和国(奈良県)
- 丹波国(京都府・兵庫県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
立島(たてしま)は、越後国(新潟県)岩船郡の豪族で、建武の頃に立島彦三郎があった。 (このあと原文は隣の見出し「立園(たてぞの)」「夢田(たでた)」の記事に移る)夢田は、「和名抄」大和国(奈良県)萬下郡に藝田○を挙げている。 楯田(たてだ)・盾作(たてつくり、たてぬい)は、職業部の一つで、「古語拾遺」に見える。楯部条を見よ。……(中略) 立縫(たてぬい)は、楯部の伴造であった氏か。「光孝紀」に「立縫彦麻呂」という者がある。次条を見よ。 楯縫部(たてぬいべ)は、職業部の一つで、また楯部とも記す。楯を作ることを職とする品部である。「古語拾遺」には「盾作」と記している。また「神代紀」一書、および「天神本紀」に「彦狭知神を作盾者とする」と見える。 楯部とあるのは、「出雲風土記」楯縫郡条に「楯縫と名づけたわけは、神魂命が『五十足天日栖宮の縦横の御量りに、千尋の栲縄を持って、百結び○○、八十結び○○下げて、この天の御量りを用いて天下をお造りになった大神の宮をお造り申し上げよ』と仰せになり、御子・天御島命を楯部として天降し下されたことによる」とある。 その時、退り下って参られ、大神宮の御装束の橋をお造り始めになった所がこれである、と載せている。また「垂仁紀」卅九年条、十箇品部の一つに楯部と見える。「令義解」雑工戸の内に「楯縫、卅六戸」とある。 【1】大和の楯縫部 ― 次条を見よ。 【2】常陸(茨城県)の楯縫部 ― 神名式、信太郡に橋縫神社を収める。 【3】丹波(京都府・兵庫県)の楯縫部 ― 「大嘗祭式」に「楯は丹波国の稲縫氏がこれを造る」と見える。氷上郡に稲縫神社があり、また多紀郡に川内多々奴比神社が見える。みなこの部民のあった地であろう。 【4】伯耆(鳥取県)の楯縫部 ― 「和名抄」久米郡に立縫○を収め、高山寺本には循縫に作る。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
立島タテシマ越後國岩船郡の豪族にして、建武の頃、立島彥三郞あり。立園タテソノ夢田タデタ和名抄、大和國萬下郡に藝田〓を擧ぐ。楯田タテダ盾作タテツクリタテヌヒ職業部の一にして、古語拾遺に見ゆ。楯部條を見よ。……立縫タテヌヒ楯部の伴造たりし氏か。光孝紀に「立縫彥麻呂」なる者あり。次條を見よ。楯縫部タテヌヒペ職業部の一にして、又楯部と記す。楯を作るを職とする品部なり。古語拾遺には「盾作」と記せり。又神代紀一書、又び天神本紀に「彥狹知神を、作盾者と爲す」と見ゆ楯部とあるは、出雲風土記、楯縫郡條に「楯縫と號くる所以は神魂命·詔りしたまはく、五十足天日栖宮の縱橫御量、千尋〇栲繩を持ちて、百結び〓〓、八十結び〓〓下げて、此の天の御量を持ちて、天下を造らしゝ大神の宮を造り奉れと詔り給ひて、御子天御島命を楯部と爲して、天降し下し給ひき。爾の時、退り下リ來坐まして大神宮の御裝束の橋を遣り始め給ひし所·是れ也」と載せ、また垂仁紀卅九年條、十箇品部の一に楯部と見ゆ。令義解、雜工戶の内に「楯縫·丗六戶」とあり。 1大和の楯縫部次條を見よ。 2常陸の楯縫部神名式、信太郡に橋縫神社を收む。 3丹波の楯變部大嘗祭式に「楯は丹波國の稲縫氏·之を造る」と見ゆ。氷上郡に稲縫神社あり。又多紀郡に川內多々奴比神社·見ゆ。皆この部民のありし地ならん。 4伯耆の權縫部和名抄、久米郡に立縫〓を收め、高山寺本には循縫に作る。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
立島と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
立島に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「立」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が立島の前後にある名字です。
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