江部
えべEbe
全国4174位 ・ 約2,800人
江部(えべ)は、近江・信濃・肥後などに江部村がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- えべ
- ローマ字
- Ebe
- 全国順位
- 全国4174位
- 推計人数
- 約2,800人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
江部をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Ebe読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 近江国(滋賀県)
- 信濃国(長野県)
- 肥後国(熊本県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
江部(えべ)は、近江(滋賀県)・信濃(長野県)・肥後(熊本県)などに江部村がある。 【1】橘姓 ― 近江国野洲郡江部荘から起こる。江部荘司は橘氏で、妓王は橘時長の娘であるという。「輿地志略」に「永原御殿城は、もと江部氏の者の居宅の跡という。江部氏は江部の荘から起こる。妓王・妓女の父といえば寿永のころの者であろうか、その名は詳らかでない」と見える。 【2】佐々木氏流 ― 「中興系図」に「江部、宇多、佐々木義○の末」と見える。 【3】信濃の江部氏 ― 高井郡江部邑から起こる。「大塔軍記」に江部・草間・大蔵云々とある。また越後(新潟県)にもこの氏がある。 (このあと原文は次の見出し「烏帽子(えぼし)」の記事に移る)「書後国円田帳」に烏帽子四郎次郎という者が見える。 (このあと原文は次の見出し「依馬(えま)」の記事に移る)「和名抄」の伊豆国(静岡県)田方郡に依馬郷があり、後世に江馬荘という。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
江部エベ近江、信濃、肥後等に江部村あり。 1橘姓近江國野洲郡江部庄より起る。江部莊司は橘氏にして妓王は橋時長の女也と云ふ。輿地志略に「永原御殿城、本は江部氏の者居宅の跡といへり。江部氏は江部の庄より起る。妓王妓女が父といへば壽永の比の者にや、其の名詳ならず」と見ゆ。 2佐々木氏流中興系國に「江部、宇多、佐々木義〓末」と見えたり。 3信濃の江部氏高井郡江部邑より起る。大塔軍記に江部、草間、大藏云々と。又越後にも此の氏あり。鳥帽子エボシ書後國圓田帳に島精子四郞次郞なる者見ゆ。依馬エマ和名抄伊豆國田方郡に依馬〓あり、後世江馬庄と云ふ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
江部と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
江部に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「江」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が江部の前後にある名字です。
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