武林

たけばやしTakebayashi

全国6211位 ・ 約1,550人

武林(たけばやし)は、前項に合わせて述べられている。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
たけばやし
ローマ字
Takebayashi
全国順位
全国6211位
推計人数
約1,550人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

武林をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Takebayashi読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 安芸国(広島県)
  • 播磨国(兵庫県)
  • 備前国(岡山県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

武林(たけばやし)は、前項に合わせて述べられている。建林(たけばやし)は竹林と通じる。……(中略)次に安芸国(広島県)高宮郡に竹原○を載せ、また「たかはら」とある。そのほか、播磨(兵庫県)・備前(岡山県)・阿波(徳島県)に竹原庄、安房(千葉県)・常陸(茨城県)・飛騨(岐阜県)・岩代(福島県)・若狭(福井県)などにこの地名が存する。 【1】息長竹原公 ― 応神天皇の裔で、息長氏の族であり、「姓氏録」山城皇別に「息長竹原公。応神天皇三世の孫・阿居之王の後である」と見える。 【3】竹原連 ― 新羅族で、「姓氏録」未定雑姓・河内之部に「竹原連。新羅国阿羅々国主の弟・伊賀部君の後である」と見える。 【4】無尸の竹原氏 ― 天神角凝魂尊の裔で、「姓氏録」摂津神別に「竹原。同上(角凝魂命の男・伊佐布魂命の後である)」と見える。武庫郡の古族で、「たかふ」かという。原の字を「ふ」と訓むのは古例だからである。「摂津志」はなぜかこの氏族を菟原郡に入れている。六甲村内高羽村の地と推定したためか。 【5】大和(奈良県)の竹原氏 ― 吉野郡の豪族で、「太平記」巻五に「大塔宮が……十津川へお着きになった。光林房玄尊が、いかにもそれらしい人の家だろうと思う所へ行き、家主の名を尋ねると、これは竹原八郎入道殿の甥にあたる戸野兵衛殿と申す人のもとでございます、と答えた」とあるのがこれである。「名所図会」に「竹原八郎宅址は谷瀬にあり、大塔宮の寓居のあった所」と見える。なお伶原の項を参照。 【6】阿波の竹原氏 ― 那珂郡の竹原庄から起こる。「地理志料」に「旗下紋帳に竹原氏があり、すなわちその采地である。思うに竹原野の御荘は八枠神社長寛元年文書に見え、竹原庄摂津、上本○は水元三年文書に見え、竹原五箇荘は細川持常文書に見える」とある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

武林タケバヤシ前條に併せ云へり。建林タケバヤシ竹林と通ず。……次に安藝國高宮郡に竹原〓を載せ、また多加波良とあり。その他、播磨、備前、阿波に竹原庄、安房、常陸、飛驒、岩代、若狭等に此の地名存す。 1(息長)竹原公應神天皇の奇、息長氏の族にして、姓氏錄、山城皇別に「息長竹原公應神天皇三世の孫·阿居之王の後也」と見ゆ。 3竹原連、新羅族にして、姓氏錄、未定雜姓、河內之部に「竹原連。新羅國阿羅々國主の弟·伊賀部君の後也」と見ゆ。 4無尸の竹原氏天神角凝魂尊の奇にして、姓氏錄、攝津神別に「竹原。同上(角凝魂命の男伊佐布魂命の後也)」と見ゆ。武庫郡の古族にして、タカフかと云ふ。原の字を「フ」と訓むは古例なればなり。攝津志は何故か、此の氏族を菟原郡に入れたり。六甲村内高羽村の地と推定せし爲か。 5大和の竹原氏吉野郡の豪族にして、太平記卷五に「大塔宮云々、十津河へぞ著かせ給ひける。光林房玄尊·さもある人の家なるらんと思ぼしき所に行きて、家主の名を問へば、是れは竹原八郞入道殿の甥に戶野兵衞殿と申す人の許にて候」とある、これ也。名所圖會に「竹原八郞宅址は谷瀨に在り、大塔宮寓居ありし所」と見ゆ。なほ伶原條參照。 6阿波の竹原氏那珂郡の竹原庄より起る。地理志料に「旗下紋帳に竹原氏あり、卽ち其の采地也。按ずるに竹原野の御莊は八枠神社長寛元年文書に見え、竹原莊攝津、上本〓は、水元三年文書に見え、竹原五箇莊は細川持常文書に見ゆ」と。

姓氏家系大辞典 第4巻 30コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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