吉武

よしたけYoshitake

全国1183位 ・ 約1.5万人

吉武(よしたけ)は、 【1】清和源氏 ― 次項の氏か。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
よしたけ
ローマ字
Yoshitake
全国順位
全国1183位
推計人数
約1.5万人
全国比率
日本人のおよそ0.012%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

吉武をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Yoshitake読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 近江国(滋賀県)
  • 壱岐国(長崎県)
  • 加賀国(石川県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

吉武(よしたけ)は、 【1】清和源氏 ― 次項の氏か。 【2】近江高島郡の名族で、五十川村山上に吉武壱岐守の古城の跡があるという。 【3】加賀能美郡吉武村から起こる。村上氏が小松城主であった時、その将・吉武氏を別宮城に置いた。それ以前は鈴木某という武士がいた。「三州志」に「これより村上義明の将・吉武壱岐を置く。壱岐(長崎県)は一本に次右衛門に作る」とある。「ススキ」の項を参照。また吉竹右近があり、越後国(新潟県)安田城を守った。「安田」の項を見よ。 【4】丹波(京都府・兵庫県) ― 「丹波志」の氷上郡の条に「吉武氏の子孫は多田村にある。古い家である」とある。 【5】雑載 ― そのほか周防(山口県)の吉武氏は蔓藤を家紋とし、また筑後(福岡県)に吉武勘七が見え、また筑前(福岡県)・肥前(佐賀県・長崎県)・摂津(大阪府・兵庫県)・武蔵(東京都・埼玉県)などに存する。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

吉武ヨシタケ1〓和源氏次項氏か。 2近江高島郡の名族にして、五十川村山上に吉武壹岐守古城の跡ありと。 3加賀能美郡吉武村より起る。村上氏·小松城主たりし時、其の將吉武氏を別宮城に置く。以前は鈴木某と云ふ武士居れリ。三州志に「是より村上義明の將吉武壹岐を置く。壹岐は一本に次右衞門に作る」と。ススキ條參照又吉竹右近あり、越後國安田城を守る。安田條を見よ。 4丹波丹波志、氷上郡條に「吉武氏·子孫多田村。古家也」とあり。 5雜載その他、周防吉武氏は蔓藤を家紋とし、又筑後に吉武勘七·見え、又筑前.肥前、攝津、武藏等に存す。

姓氏家系大辞典 第6巻 423コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

吉武と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

吉武に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が吉武の前後にある名字です。

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