岩戸
いわとIwato
全国4161位 ・ 約2,810人
岩戸(いわと)は、下総・三河・筑前、そのほか岩戸の地が諸国に少なくない。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- いわと
- ローマ字
- Iwato
- 全国順位
- 全国4161位
- 推計人数
- 約2,810人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 下総国(千葉県・茨城県)
- 筑前国(福岡県)
- 三河国(愛知県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
岩戸(いわと)は、下総(千葉県・茨城県)・三河(愛知県)・筑前(福岡県)、そのほか岩戸の地が諸国に少なくない。 【1】藪田氏流 ― 三河国額田郡岩戸から起こる。岩戸城(奥岩戸岩屋村)は岩戸大膳の居城である。大膳は藪田源五忠元の党であったが、のちに天野麦が松平泰親に討たれて滅んだ。右衛門、その子に小麦右衛門がある。 【2】平姓千葉氏流 ― 下総国印旛郡岩戸村から起こる。岩戸城があり、「総葉○録」によれば、白井氏の一族・岩戸胤安がここに居した。正和年間に白井祐胤が没し、嗣子の竹若丸がわずか三歳であったため、叔父の志津胤氏を頼ってその後見とした。 胤氏は竹若丸を害してその跡を奪おうと謀った。胤安は夜、竹若丸を背負って逃れ、鎌倉建長寺の住持・仏国に託してこれを育てさせた。胤氏が攻め寄せ、胤安は拒み守ったが、一族はみな死んだ……(引用はここで途切れている)
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
岩戶イハト下總、參河、筑前、其の他岩戶の地、諸國に尠からず。 1藪田氏流三河國額田郡岩戸よリ起る岩戶城(奧岩戶岩屋村)は岩戶大膳の居城也。大膳は藪田源五忠元の黨なりし後天野麥が、松平泰親に討たれて亡ぶ。右衞門、其子小麥右衞門あり。 2平姓千葉氏流下總國印旛郡岩戶村より起る。岩戶城あり、總葉〓錄に據るに、白井氏の族岩戸胤安之に居る。正和中、白井祐胤卒す、嗣子竹若甫めて三歲叔父志津胤氏に鳴して之が傅とす、胤氏害して之を墓はんと謀る。胤安夜竹若を頁うて逃れ、鎌倉建長寺主佛國に托して之を育てしむ。胤氏來リ攻む、胤安拒守擧族皆死す、……
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
岩戸に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「岩」の字を含む名字
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