安土
あづちAzuchi
全国7583位 ・ 約1,160人
安土(あつち)は、近江国蒲生郡の安土城について、「輿地志略」に次のようにある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- あづち
- ローマ字
- Azuchi
- 全国順位
- 全国7583位
- 推計人数
- 約1,160人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
安土をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Azuchi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 近江国(滋賀県)
- 加賀国(石川県)
- 肥後国(熊本県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
安土(あつち)は、近江国(滋賀県)蒲生郡の安土城について、「輿地志略」に次のようにある。 「安土山は高さ二町ほど、周囲一里半余りで、頂上に天守があった。今もその跡や石垣などの跡がはっきり残っている。本丸・二の丸・三の丸などの間数の高低は、徳川家康公や羽柴秀吉についても詳しくは分からない(この一節は原文が崩れている)。武藤助左衛門、青木加賀右衛門、中条将監、武井肥後、織田信忠、長谷川竹、織田七兵衛森蘭丸、福岡平左衛門、市橋九郎左衛門、菅谷九右衛門、堀久太郎の屋敷跡がある。 安土山の内には薬師山、笛吹尾、源左衛門鼻、梅谷、あみか鼻、われ尾、水尾などという場所があり、それぞれ書き分けて記す。そもそもこの城は織田信長が命じて惟任五郎左衛門長秀が奉行を務めた。天正四年に建営され、同十一年六月十四日、明智左馬助が天守に火を放って灰燼となった」という。 志摩国(三重県)にこの氏がある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
安土アツチ近江國蒲生郡の安土城は與地志略に、「安土山高さ二町許、廻り一里半餘、頂上に天守あり。今にその跡石垣等の跡顯然たり。本丸二の丸三の丸等の間數高家康公及び羽柴秀吉、低詳にしりがたし。武藤助左衞門、青木加賀右衞門、中條將監、武井肥後、織田信忠、長谷川竹、織田七兵衞森蘭丸、福岡平左衞門、市橋九郞左衞門、菅谷九右衞門、堀久太郞が屋敷跡有。安土山の內に薬師山、笛吹尾、源左衞門鼻、梅谷、あみか鼻、われ尾、水尾など云處あリ、悉く書し離し。抑此城は織田信長下知して惟任五郞左衞門長秀奉行す。天正四年建營、同十一年六月十四日、明智左馬助天守に火を放ち灰燼となる、」と。志摩國に此の氏あり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
安土に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「安」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が安土の前後にある名字です。
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