塩川
しおかわShiokawa
全国1260位 ・ 約1.4万人
塩川(しおかわ)は、摂津・甲斐・信濃・上野・岩代・羽前などにこの地名が存する。
2件の公開家系図に 2人
基本情報
- 読み
- しおかわ
- ローマ字
- Shiokawa
- 全国順位
- 全国1260位
- 推計人数
- 約1.4万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.011%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
塩川をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Shiokawa読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 摂津国(大阪府・兵庫県)
- 甲斐国(山梨県)
- 信濃国(長野県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
塩川(しおかわ)は、摂津(大阪府・兵庫県)・甲斐(山梨県)・信濃(長野県)・上野(群馬県)・岩代(福島県)・羽前(山形県)などにこの地名が存する。 【1】橘姓楠木氏流 ― 河内国(大阪府)の豪族で、「長禄寛正記」に「河内衆塩川」、「細川両家記」に塩川孫太郎などが見える。また渋川郡東足代村の人に塩川道喜があり、聖徳寺を開いた。もと小寺氏と称したという。 【2】摂津源氏 ― 当国豊島郡の塩川邑より起こる。隣邑の止々呂美城は塩川隠岐入道の旧城で、天正の頃に滅んだという(馬場の項参照)。また河辺郡山下城(篠部村)は塩川伯耆守(長満)の創築で、伯耆守の弟に修理亮・主膳などがある。また同郡多田城(○田村)も塩川伯耆守の築造という。 天文の頃、塩川伯耆守は能勢郡今西城主の森本氏と戦った。また伯耆守国満は織田氏配下で、能勢郡鷹取城主の大町氏を滅ぼしたという。次項参照。 【3】中島連姓 ― 尾張国(愛知県)中島郡の名族で、久田・野々宮と同族というが、久田は土佐(高知県)の潮江庄に、野々宮の項を見よ。本部国府宮村の人に塩川源六郎・同吉太夫・同勘十郎などがある(「尾張志」)。 また愛知郡のこの氏は塩川秀満の後で、その孫・伯耆守国満は信長に仕えた。また孫四郎があり、共に巾下村の人であるという。そうであれば前項の摂津国河辺の塩川氏と全く同族であり、いずれが本貫であろうか。 【4】桓武平氏 ― 「中興武家系図」に「塩川、平姓」とある。……(中略)また塩川信右衛門がある。 【6】雑載 ― 「東鑑」巻二十五に塩河中務丞が見え、「承久記」巻三に「しほ川三郎」を載せ、また「予章記」に「鎮西征夷将軍御下向、御伴の人々、塩川、長谷川云々」などとある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
鹽川シホカハ攝津、甲斐、信濃、上野、岩代、羽前等に此の地名存す。 1橘姓楠木氏流河內國の豪族にして、長祿寬正記に「河内衆鹽川、」細川兩家記に鹽川孫太郞等見ゆ。また澁川郡東足代村の人に鹽川道喜あり、聖德寺を開く。もと小寺氏と稱せりと。 2攝津源氏當國豐島郡の鹽川邑より起30隣邑止々呂美城は鹽川隱岐入道の故塞にして、天正中、亡ぶと云ふ(馬場條參照)又河邊郡山下城(篠部村)は鹽川伯耆守(長滿)の創築にして、伯耆守舍弟修理亮、同主膳等あり。又同郡多田城〓田村も鹽川伯耆守の築造と云ふ。天文中、鹽川伯耆守·能勢郡今西城主森本氏と戰ふ。又伯耆守國滿は織田氏配下にして、能勢郡鷹取城主大町氏を亡ぼせりと。次條參照。 3中島連姓尾張國中島郡の臺族にして久田、野々宮と同族也と云ふ中島、久土佐に潮江庄、又尾四.野々宮條を見と本部國府宮村の人に鹽川源六郎、同吉太夫、同勘十郞等あリ(尾張志)。又愛知郡の此の氏は、鹽川秀滿の後にして、其の孫伯書守國滿、信長に仕ふ。又孫四郞あり、共に巾下村の人也と。然らば前項橋津國河邊の鹽川氏と全く同族なリ、何れが本貫か。 4桓武平氏中興武家系圖に「鹽川、平姓」とあり。……又鹽川信右衞門あり。 6雜載東鑑卷二十五に鹽河中務丞·見え、承久記卷三に「しほ川三郎」を載せ、又豫章記に「鎭西征夷精軍御下向、御伴の人々、鹽川、長谷川云々」などあり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
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「塩」の字を含む名字
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全国順位が塩川の前後にある名字です。
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