古藤
ことうKotou
全国2343位 ・ 約6,160人
古藤(ことう)は、「古藤家系」に「家紋三巴。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ことう
- ローマ字
- Kotou
- 全国順位
- 全国2343位
- 推計人数
- 約6,160人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
古藤をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kotou読みをそのまま写した形Kotoパスポート(ヘボン式)
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「古藤」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
巴
弓を射るとき腕に着ける鞆(とも)を象り、三つを渦に組んだ図案。
『姓氏家系大辞典』第3巻 40コマに「家紋三巴」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 越後国(新潟県)
- 播磨国(兵庫県)
- 佐渡国(新潟県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
古藤(ことう)は、「古藤家系」に「家紋三巴。藤原勝政(古藤○雲入道)は、上杉景勝の家臣で、越後国(新潟県)魚沼郡上田で百十余貫文を領した。天正の頃、景勝が佐渡一国を征伐した際、初めて雑太郡河原の獅子ヶ城を取り、その城代を命じられ、千五百石を賜った。長子・長右衛門(上杉播磨守綱勝の臣)、次男・○左衛門勝義(佐渡(新潟県)へ渡海し、加茂郡河崎村に居住、室は鰐淵忠右衛門の娘)、三男・帯刀」と見える。武蔵(東京都・埼玉県)にもこの氏がある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
古藤コトウ古藤家系に「家紋三巴。藤原勝政(古藤〓雲入道)、上杉景勝の家士にて、越後國魚沼郡上田にて百拾餘貫文を傾す。天正中、景勝·佐州一國征伐の砌、始めて雜太郡河原獅子ヶ城を取り、右城代に命ぜられ、千五百石を賜ふ。長子長右衞門(上杉播磨守綱勝の臣)、次男〓左衞門勝義(佐渡へ渡海、加茂郡河崎村に居住、室は鰐淵忠右衞門の女)三男帶刀」と見ゆ。武藏にも此の氏あり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
古藤と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
古藤に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「古」の字を含む名字
「古藤」で始まる・古藤を含む名字
古藤の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が古藤の前後にある名字です。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
