及川
おいかわOikawa
全国281位 ・ 約7.8万人
及川(おいかわ)は、相模国愛甲郡に及川邑があり、また岩代国河沼郡(会津郡)に笈川邑がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- おいかわ
- ローマ字
- Oikawa
- 全国順位
- 全国281位
- 推計人数
- 約7.8万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.064%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
及川をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Oikawa読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 相模国(神奈川県)
- 岩代国(福島県)
- 上総国(千葉県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
及川(おいかわ)は、相模国(神奈川県)愛甲郡に及川邑があり、また岩代国(福島県)河沼郡(会津郡)に笈川邑がある。『新編会津風土記』に「笈川館は新国上総の子・栗村下総某が拠った地である」という。これらから起こったのだろうか。 陸前(宮城県・岩手県)・陸中(岩手県・秋田県)に多く、のちに南部家の家臣となった。清和源氏で源三位頼政の子孫だという。磐井郡津谷川邑の大森城、島海邑の柏木館などに拠った。……(中略)『封内記』に「迎館は葛西家臣・及川土佐の居る所である。その子孫の讃岐(香川県)は立根邑に移り住んだ。これもまた白石役三十六騎の一つである」とある。『奥南旧指録』に「南部家の予参士諸代ならびに江刺家人七家の一つに及川氏がある。源三位頼政の末流だという」と見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
及川オヒカハ相摸國愛甲郡に及川邑あリ、又岩代國河沼郡(會津郡)に笈川邑あリ、新編風土記に「笈川館は新國上總が子栗村下總某の據りし地なり」と云ふ。此等より起りしか。陸前陸中に多く、後南部家臣となる。〓和源氏源三位頼政の後裔なりと云ふ。磐井郡津谷川邑大森城、島海邑柏木館等に據る。……封內記に「迎館、葛西家臣及川土佐居る所也。其の後孫讃岐·立根邑に移住す。是れ亦白石役三十六騎の其一オヒカーオヒカハ也、」と。奧南舊指録に「南部家の豫參士諸代並、江刺家人七家の一に及川氏あり、源三位頼政の末流なりとぞ」と見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
及川と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
及川に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「及」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が及川の前後にある名字です。
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