五井
ごいGoi
全国5945位 ・ 約1,650人
五井(ごい)は、五位と通じる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ごい
- ローマ字
- Goi
- 全国順位
- 全国5945位
- 推計人数
- 約1,650人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
五井をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Goi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「五井」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
梶
三つに裂けた梶の葉を一枚、茎を下にして描いた図案。
『姓氏家系大辞典』第2巻 554コマに「家紋梶葉·彌三郞」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 上総国(千葉県)
- 三河国(愛知県)
- 筑前国(福岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
五井(ごい)は、五位と通じる。また上総市原郡にこの地名が存する。 【1】大和(奈良県)の五井氏 ― 五井戸に居ったことをもって、この氏を称するという。その後裔に五井加助(持軒)、五井禅休などがある。 【2】五井松平氏 ― 三河国(愛知県)宝飯郡五井邑から起こり、五井城(蒲郡町五井中○)に拠る。 この城のことは郡誌に「文治年中、新宮蔵人行家が居城した。子孫の藤重郎行光に至って、永正二年三月、松平信光の七男である松平弥三郎外記元芳のために奪われた。その子の外記則忠が、初めて五井松平と称した」とある。 「二葉松」に……(この間は原文の行が崩れていて読み取れない)……「城主松平弥九郎最忠、急外記伊昌」と見える。 この氏は松平氏の一派で、「寛政系譜」に「忠景(元芳)は、信光君の七男である。宝飯郡五井に住むことにより、五井の松平と称する。「寛永系図」には、元芳の長男を元心、二男を忠景とし、これを深溝の祖とするが、忠景の子を忠定とするのは誤りである」とある。 「松平系図」(「諸家系図纂」)には、次のような系譜が載る。五井家元芳(五井家と号す。家紋は梶葉、弥三郎)―元心(○九郎、太郎、左衛門尉。二十二歳の時に討死)―信長(三州五井二千石を領す。弥九郎、太郎左衛門尉)―忠次(下総海上二千石。弥九郎、外記。天文十六年丁未九月二十八日討死) ―景忠(二千石。弥九郎、太郎左衛門尉)―伊昌(弥三郎、外記。緯州飯沼二千石)―忠実(大番頭、五千五百石。従五位下、土佐守、外記。母は酒井左衛門尉源忠次の女。承応元年壬辰八月二十三日卒、法名源無)―忠宣(大番頭、五千五百石。元一伊雄、主水、備中守。母は松平主殿頭源家忠の女)……(引用はここで途切れている)
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
五井ゴキ五位と通ず。又上總市原郡に此の地名存せり。 1大和の五井氏五井戶に居りしを以つて、此の氏を稱すと云ふ。その後裔に五井加助(持軒)、五井禪休等あり。 2五井松平氏三河國寶飯郡五井邑より起り、五井城(蒲郡町五井中〓)に據る。當城の事は郡誌に「文治年中、新宮蔵人行家居城す。子孫藤重郞行光に至リ、永正二年三月、松平信光七男松平彌三郞外記元芳の爲に奪はる。其の子外記則忠·始めて五井松平と稱す」と載せ、二葉松に和名抄、筑前國宗像郡に小は「城主松平彌九郞最忠、急外記伊昌」と見ゆ。この氏は、松平氏の一派にして、寬政系譜に「忠景(元芳)は、信光君の七男なり。實飯郡五井に住するにより、五井の松平と稱す。寛永系圖に、元芳の長男元心、二男忠景、これを深溝の祖とし、忠景が子を忠定とするは誤れり」と見ゆ。松平系圖(諸家系圖纂)に「五井家元芳(五井家と號す。家紋梶葉·彌三郞)-元心(〓九郞、太郞、左衞門尉、廿二歲の時討死)-信長(三州五井二千石を領す。彌九郞、太郞左衞門尉}-忠次(下總海上二千石。彌九郎、外記、天文十六丁未九月廿八日討死)-景忠(二千石。彌九郞、太郞左衞門尉)-伊昌(彌三郞、外記、緯州飯沼二千石)-忠實(大番頭。五千五百石。從五下、土佐守、外記。母は酒井左衞門尉源忠次の女。承應元壬辰八月廿三日卒、法名源無)-忠宣(大番頭、五千五百石。元一伊雄、主水、備中守、母は松平主殿頭源家忠の女。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
五井と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
五井に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「五」の字を含む名字
「五井」で始まる・五井を含む名字
五井の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が五井の前後にある名字です。
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