雲井
くもいKumoi
全国8133位 ・ 約1,030人
雲井(くもい)は、讃岐国林田村の松山御所(崇徳上皇の御座所)は、一に雲井御所と称するという。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- くもい
- ローマ字
- Kumoi
- 全国順位
- 全国8133位
- 推計人数
- 約1,030人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
雲井をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kumoi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 讃岐国(香川県)
- 石見国(島根県)
- 志摩国(三重県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
雲井(くもい)は、讃岐国(香川県)林田村の松山御所(崇徳上皇の御座所)は、一に雲井御所と称するという。 【1】物部氏族 ― 石見(島根県)の豪族で、邑智郡天蔵邑の雲井城に拠った。……(中略) 【2】源姓 ― 前項の雲居氏は後に系を源姓小笠原に移した。雲井弾正少弼があり、小笠原長雄の二男長秀のことという。「井原」「小笠原」などの項を参照せよ。 【3】雑載 ― 伊勢(三重県)・志摩(三重県)などにもこの氏が存する。また有名な雲井龍雄は羽前(山形県)の人で、父は中嶋聴右衛門、母は屋代氏。龍雄ははじめ中嶋守善といい、後に小嶋才助の養子となり、さらに雲井龍雄と改めたのである。 雲居(くもい)は、前項の氏と通じる。また美作国(岡山県)笠庭寺記に「勝南郡勝田荘(和布三帖)の雲居友益」という人が見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
雲井クモヰ讃岐國林田村松山御所崇德上皇御座所)は一に雲井御所と稱すとぞ。 1物部氏族石見の豪族にして、邑智郡天藏邑雲井城に〓る。……2源姓前項雲居氏は後に系·源姓小笠原に移る。雲井彈正少弼あり。小笠原長雄二男長秀の事なりと。井原條、小笠原條等を參照せよ。 3錐載伊勢、志摩等にも此の氏存す。又有名なる愛井龍雄は羽前の人にして、父は中嶋聽右衞門、母は屋代氏、龍雄はじめ中嶋守善、後小嶋才助の養子となり、更に雲井龍雄と改めしなり。雲居クモヰ、前條氏と通ず。又美作國笠庭寺記に「勝南郡勝田荘(和布三帖)雲居友益、」と云ふ人見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
雲井に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「雲」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が雲井の前後にある名字です。
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