長
ちょうChou
ほかの読み: おさ ・ なが
全国1310位 ・ 約1.3万人
長(ちょう・おさ・なが)は、古くは多くナガといい、また首長の意で称号となり、原始的なカバネの一つであった。
1件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- ちょう ・ おさ ・ なが
- ローマ字
- Chou
- 全国順位
- 全国1310位
- 推計人数
- 約1.3万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.011%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
長をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
「ちょう」と読む場合
Chou読みをそのまま写した形Choパスポート(ヘボン式)
「おさ」と読む場合
Osa読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「長」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
裏銭
穴あき銭を象った図案。
『姓氏家系大辞典』第4巻 167コマに「紋裏錢九文」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 伯耆国(鳥取県)
- 能登国(石川県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
長(ちょう・おさ・なが)は、古くは多くナガといい、また首長の意で称号となり、原始的なカバネの一つであった。訳語の「ヲサ」と音が通じるため、互いに用いられることもある。これらのことはナガ・ヲサの項に詳しい。中世以後は長谷部の人を省略して単に長氏という。その流れは少なくないが、長谷部信連が武士として勢力を持ったことから、多くはその後裔と称する。 【1】長谷部姓 ― 物部氏の一族という。高倉宮以仁王の侍に長谷部信連がいる。「平家物語」に「宮の侍に長兵衛尉長谷部信連という者あり」とある。奮戦して捕らえられた。 同書には次のようにある。「並び居たる平家の侍どもが『あわれ剛の者や、これらをこそ一人当千の兵とも言うべけれ』と口々に申したところ、その中のある人がこう申した。 『あれの高名は今に始まらぬことぞかし。先年、所にありし時、大番衆の者どもの留め兼ねたりし強盗六人に、ただ一人追いかかり、二条堀川なる所にて、四人を切り伏せ、二人を生け捕ったのが、その時なされた左衛門尉ぞかし。あたら男の斬られんずることの無慙さよ』と惜しみ合ったので、 入道相国はどう思われたのか、それならば斬るなと言って、伯耆(鳥取県)の日野へ流された」と見える。(この一文の途中に別の記述らしき断片が紛れ込んでいて、原文が崩れている) 平家が滅び、源氏の世になって東国へ下り、梶原平三景時に付いて事の根元を一々に申したので、鎌倉殿が殊勝であると感じ、能登国(石川県)に御恩を賜ったと聞こえる、という。 また「東鑑(吾妻鏡)」治承四年五月十五日条に「左衛門尉信連、太刀を取って相戦い、光長の郎等五、六人がこれがために疵を被る」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
長チヤウヲサナガ古くは多くナガと云ひ、又首長の意として、稱號となり、原始的のカバネの一たり。而して譯語(ヲサ)と音通ずるが故に、互用さるゝ事もあリ。此等の事は、ナガ、ヲサ條に詳かなり。中世以後、長谷部の人·省略して、單に長氏と云ふ。其の流·尠からざれど、長谷部信連·武士として、勢力ありしより、多くは其の後裔と稱す。 1長谷部姓物部氏の族なりと。高倉宮以仁王の侍に長谷部信連あり。平家物語に「宮の侍に長兵衛尉長谷部信連と云ふ者あり」と。奪戰して捕へらる。同書に「竝び居たりける平家の侍共、哀れ剛者や、是らをこそ一人當千の兵とも云ふべけれと、口々に申しければ、其の中に或る人の申けるは、あれが高名は今に始まら家張月樵あり。ぬ事ぞかし。先年·所に有りし時、大番衆の者共の留め兼ねたリし强盜六人に、唯一人追ひ懸かり、二條堀川なる所にて、四人を切伏せ、二人を生捕つて其の時成されたりし左衞門尉ぞかし。あたら男の斬れんずる事の無慚さよと、惜み合へりければ、入道相國いかゞ思はれけん、さらばな斬ぞとて、伯耆の日野へぞ流されけ증平家滅び、源氏の世に成りて、東國へ下リ、梶原平三景時に附いて事の根元一々に申したりければ、鎌倉殿·神妙なりと感じ給ひて、能登國に御恩絮りけるとぞ聞えし」と見ゆ。また東鑑治承四年五月十五日條に口座駅衞尉信連·太刀を取りて相戰ひ、光長の郞等五六單、これが爲に疵を被る。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
長と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
長に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「長」で始まる・長を含む名字
長の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が長の前後にある名字です。
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