稲月

いなつきInatsuki

全国7223位 ・ 約1,250人

稲月(いなつき)・稲継(いなつぎ)は、「丹波志」氷上郡条に「稲継氏の子孫は中野村におり、先祖は稲継村の城主・稲権壱岐守で、右近・左近の三人があった。

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基本情報

読み
いなつき
ローマ字
Inatsuki
全国順位
全国7223位
推計人数
約1,250人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 丹波国(京都府・兵庫県)
  • 壱岐国(長崎県)
  • 長門国(山口県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

稲月(いなつき)・稲継(いなつぎ)は、「丹波志」氷上郡条に「稲継氏の子孫は中野村におり、先祖は稲継村の城主・稲権壱岐守で、右近・左近の三人があった。落城後、右近一人がこの地に来住した」とある。 また「稲継氏の子孫は佐野村におり、稲耀村の古城主の分家の類がこの地に住む」、また「稲継氏の子孫は上村におり、山西から稲織壱岐・同左門の二人が福智山の有馬玄蕃頭殿に仕え、この兄・稲継惣右衛門という者がこの地に住んだ」とある。 稲織村から起こったものか。 (このあと原文は次の見出し「稲妻」の記事に移る)稲妻(いなつま・いなめ)は、「和名抄」の長門国(山口県)大津郡に稲妻郷があり、伊奈女と注す。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

稻月イナツキ稻繼イナツギ丹波志氷上郡條に「稻繼氏、子孫、中野村、先祖は稻繼村の城主稻權壹岐守、右近、左近三人、落城の後、右近一人當所に來住す、」また「稻繼氏、子孫、佐野村、稲耀村の古城主の分家類は當所に住す、」また「稻繼氏、子孫、上村、山西より稻織壹岐、同左門と二人、福智山有馬玄蕃頭殿に在付、此兄稻繼惣右衞門と云ふ者此所に住す」と見ゆ。稻織村より起りしな!!稻妻イナツマイナメ和名抄長門國大津郡に稻妻〓あり、伊奈女と註す。

姓氏家系大辞典 第1巻 239コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

稲月に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

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