畠

はたHata

全国2310位 ・ 約6,270人

畠(はたけ・はた)は、但馬に畠庄があり、そのほか三角・陸前・羽後などにこの地名が存する。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
はた
ローマ字
Hata
全国順位
全国2310位
推計人数
約6,270人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

畠をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Hata読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 但馬国(兵庫県)
  • 陸前国(宮城県・岩手県)
  • 羽後国(秋田県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

畠(はたけ・はた)は、但馬(兵庫県)に畠庄があり、そのほか三角・陸前(宮城県・岩手県)・羽後(秋田県)などにこの地名が存する。「中興系図」は清和源氏にこの氏を収める。また武田家臣に島加賀守があり、甘利衆である。そのほか武権・極津・播磨(兵庫県)などにこの氏が存する。 (このあと原文は「波多江」の記事に移る) 畠直の三男・種貞は、その氏を波多江と称した。種貞から代々波多江に住み、今も丹波屋敷という所がある。……(中略)延文四年七月、山隈原合戦に波多江氏があり、官軍に属した。下って戦国の頃、波多江上総介鎮種、同次郎、波多江丹後守などが多くの書に見える。 (このあと原文は次の見出し「幡江(はたえ)」の記事に移る) 幡江は、山北小野寺遠江守義道の家臣にこの氏がある。 (このあと原文は次の見出し「幡枝(はたえだ)」「幡尾(はたお)」の記事に移るが、この一節は原文の組版が乱れていて読み取れない)幡尾は、下総地方の名族である。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

畠ハタケハタ但馬に畠庄、その他、三角、陸前、羽後等に此の地名存す。中興系圖、〓和源氏に此の氏を收む。又武田家臣に島加賀守あり、甘利衆也。その他、武權、極津、播磨等に此の氏存す。直が第三郞種貞·其の氏を波多江と稱す。種貞より代々波多江に住す。今に丹波屋敷と云ふ所あり。……氏人は延文四年七月、山隈原合戰に波多江氏あり、官軍に屬す。下りて戰國の頃、波多江上總介鎭種、(泊條參照)同次郞、波多江丹後守等、多く諸書に見ゆ。幡江山北小野寺遠江守義道家臣に此の氏あり。幡枝ハタエダ幡尾ハタヲ一五、下總地方の名族也。

姓氏家系大辞典 第5巻 100コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

畠と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

畠に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

「畠」で始まる・畠を含む名字

畠の字をそのまま含む、より長い名字です。

同じくらいの多さの名字

全国順位が畠の前後にある名字です。

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