浦辺
うらべUrabe
全国3824位 ・ 約3,190人
浦辺(うらべ)は、これも「ト部」に等しいか。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- うらべ
- ローマ字
- Urabe
- 全国順位
- 全国3824位
- 推計人数
- 約3,190人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
浦辺をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Urabe読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 備中国(岡山県)
- 羽後国(秋田県)
- 越後国(新潟県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
浦辺(うらべ)は、これも「ト部」に等しいか。 裏松(うらまつ)は、京都の雲上家の称号である。……(中略)「応仁略記」下に裏松殿(九月一日)とある。 【2】日野烏丸流 ― 前項の裏松家の遺跡を継承したものである。「知譜拙記」に「烏丸光賢―資○(裏松)―意光」と見える。……(中略)現今子爵。前の項に合わせていう。 御衣印(うらべ)は、ト部・占部に等しいであろう。 占見(うらみ)は、「和名抄」の備中国(岡山県)浅口郡に占見(宇良美と注する)郷がある。 浦村(うらむら)は、羽後秋田の安藤家配下の将に浦村兵庫頭義豊があり、三浦の城主であった。次に越後国(新潟県)沼垂郡に浦村城がある。また筑後(福岡県)にもこの氏が存し、「将士軍談」に見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
浦邊ウラベこれもト部に等しきか。裏松ウラマツ京都雲上家の稱號なり。……應仁略記下に裏松殿(九月一日)とあり。 2同日野烏丸流前項裏松家の遺跡を繼承せしなり。知譜拙記に「烏丸光賢-資〓(裏松)-意光」と見ゆ。……現今子爵。前條に併せ云號御衣印ウラペト部、占部に等しかるべ占見ウラミ和名抄備中國淺口郡に占見宇良美と註す。郷あり、浦村ウラムラ羽後秋田安藤家配下の將に浦村兵庫頭義豐あり、三浦の城主なりき。次に越後國沼垂郡に浦村城あり。又筑後にも此の氏存す、將士軍談に見えたり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
浦辺と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
浦辺に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「浦」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が浦辺の前後にある名字です。
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