永岡
ながおかNagaoka
全国1509位 ・ 約1.1万人
永岡(ながおか)は、 【1】肥前の永岡氏 ― 貞観八年七月紀に「彼杵郡人・永岡藤津」を載せている。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ながおか
- ローマ字
- Nagaoka
- 全国順位
- 全国1509位
- 推計人数
- 約1.1万人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
永岡をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Nagaoka読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 肥前国(佐賀県・長崎県)
- 信濃国(長野県)
- 紀伊国(和歌山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
永岡(ながおか)は、 【1】肥前(佐賀県・長崎県)の永岡氏 ― 貞観八年七月紀に「彼杵郡人・永岡藤津」を載せている。……(中略)大村氏の一族で、「博多日記」裏書に「永岡四郎入道(元亨三年正中二年など)」を挙げ、また「博多日記」に「大村永岡三郎、これを追いかけて討ち留める」などとある。 【3】雑載 ― 「安西軍策」に永岡兵部大輪を載せ、また徳川時代、三日市柳沢藩の重臣に見え、また鯖江藩に永岡弥六がある。なお伊勢(三重県)の名族に存し、信濃(長野県)・紀伊(和歌山県)などにもある。そのほか、長岡の項を見よ。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
永岡ナガヲカ肥前の永岡氏貞觀八年七月紀に「彼杵郡人永岡藤津」を載せたり。……大村氏の一族にして、博多日記裏書に「永岡四郎入道(元亭三正中二云々)」を擧げ、又博多日記に「大村永岡三郞·之を追ひ懸けて討ち留む云々」など見ゆ。 3雜載安四軍策に永岡兵部大輪を載せ又德川時代、三日市柳澤藩重臣に見え、又鯖江藩に永岡彌六、猶ほ伊勢の名族に存し、信濃、紀伊等にもあり。その他、長岡條を見よ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
永岡と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
永岡に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「永」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が永岡の前後にある名字です。
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