新野

にいのNiino

ほかの読み: しんの

全国1757位 ・ 約8,960人

新野(にいの・にいや)は、「和名抄」摂津国島下郡に新野郷を収め、爾比夜と注する。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
にいの ・ しんの
ローマ字
Niino
全国順位
全国1757位
推計人数
約8,960人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

新野をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

「にいの」と読む場合

Niino読みをそのまま写した形

「しんの」と読む場合

Shinno読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 摂津国(大阪府・兵庫県)
  • 遠江国(静岡県)
  • 隠岐国(島根県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

新野(にいの・にいや)は、「和名抄」摂津国(大阪府・兵庫県)島下郡に新野郷を収め、爾比夜と注する。また「延喜式」に新屋神社があり、今の三島村大字四川原に鎮座する。 次に遠江国(静岡県)城飼郡にも新野郷を収め、爾比乃と訓ずる。後世も新野郷の名は存し、ある文書に「新野池新田置目之事(慶長十年正月十一日)新野郷」などと見える。次に隠岐国(島根県)周吉郡にも新野郷があり、爾比乃とある。次に美作国(岡山県)勝田郡にも新野郷が見える。そのほか信濃(長野県)・上野(群馬県)などにも、この地名がある。 【1】遠江の新野氏 ― 当国の豪族で、前述の城飼郡新野郷から起こる。「東鑑」巻十、建久元年十一月七日の条に新野太郎を載せ、巻十二、建久六年三月十日にも見える。また巻二十一に新野左近将監景直、その後、「太平記」巻九、六波羅の士に新野四郎が見え、近江番場で死んだ。番場蓮華寺過去帳に「新野四郎朝繁(三十四歳)」と載せている。 また「承久記」巻三に「にいのむまのじょう」と見える。この一族であろうか。また永徳年間に新野左馬助がある。 【2】清和源氏今川氏族 ― これも遠江の新野郷から起こったものであろう。「尊卑分脈」に「今川四郎国氏―三郎俊氏―俊国(新野弾正少弼と号す)」とあるのに基づく。また「中興系図」には「新野。清和源氏、入野俊氏の男・弾正少弼俊国がこれを称す」と載せている。次項を参照。 【3】武蔵(東京都・埼玉県)の新野氏 ― 多摩郡の名族で、「新編風土記」に「八日市宿の新野氏。清和源氏で、先祖は駿州(静岡県)今川家の同族である。左近将監景直のとき、遠州新野庄に住んで在名を称した。この左近将監は、『東鑑』建保元年五月二日、和田合戦の条にも見える人である。 その子孫は今川氏に属していたが、永禄十二年三月六日、氏真とともに小田原に属した。氏真没落のとき、天正十八年六月二十三日、新野五郎道氏と称して、八王子城で討死した」とある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

新野ニヒノニヒヤ和名抄、攝津國島下郡に新野辯を收め、爾比夜と註す。又延喜式に新屋神社ありて、今三島村大字四川原に鎭座す。次に遠江國城同郡に新野〓を收め、爾比乃と訓ず、後世も〓名存し、間文書に「新野池新田置目之事(慶長十年巳正十一日)新野郷」など見ゆ。次に隱岐國周吉郡に新野〓ありて、爾比乃とあり。次に美作國勝田郡にも新野〓見ゆ。其の他、信濃、上野等にも此の地名あり。 1遠江の新野氏當國の豪族にして、前述城飼郡新野〓より起る。東鑑卷十、建久元年十一月七日條に新野太郞を載せ、卷十二、同六年三月十日にも見ゆ。又卷二十一に新野左近時監景直、其の後、太平記卷九、六波羅の士に新野四郞·見え、近江番場に死す、番場蓮華寺過去帳に「新野四郞朝繁(三十四歲)」と載せたり。又承久記卷三に「にいのゝむまのぜう」見ゆ.此の族か。又永德中、新野左馬助あり。 2〓和源氏今川氏族これも遠江の新野〓より起りしならん。尊卑分脈に「今川四郞國氏-三郞俊氏-俊國(號新野彈正少弼)」とあるより出づ。又中興系圖には「新野。〓和源氏、入野俊氏の男彈正少弼俊國·之を稱す」と載せたり。次項參照。 3武藏の新野氏多摩郡の名族にして、新編風土記に「八日市宿新野氏。〓和源氏にて、先祖は駿州今川家の同族なり。左近將監景直がとき、遠州新野庄に住して在名を稱せり。この左近將監は、東盤建保元年五月二日、和田合戰の條にも見えし人なり。其の子孫·今川氏に屬せしが、永祿十二年三月六日、氏眞と同じく小田原に屬せり。氏眞沒落のとき、天正十八年六月廿三日、新野五郞道氏と稱して、八王子城にて討死せり。

姓氏家系大辞典 第4巻 576コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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