国沢

くにさわKunisawa

全国3208位 ・ 約4,060人

国沢(くにさわ)は、土佐国土佐郡国沢名から起こる。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
くにさわ
ローマ字
Kunisawa
全国順位
全国3208位
推計人数
約4,060人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

国沢をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Kunisawa読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 土佐国(高知県)
  • 加賀国(石川県)
  • 信濃国(長野県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

国沢(くにさわ)は、土佐国(高知県)土佐郡国沢名から起こる。当地方の豪族であり、「土佐遺諦」に、潮江要法寺の地はすなわちこの国沢氏の居所であるという。国沢氏の姓は秦である。 秦氏系図に「国司秦某が老いて辞職し、その両子を左右に留めた。一人は長宗我部、一人は国沢である」と見える。二千貫の領主であったといい、吉良の項を参照。 長宗我部元親の臣に国沢能明があり、その後は「能春―能則―能直」である。広井・吉良の項を参照。貞治元年、また加賀藩(石川県)給帳に「五百石(風車)国沢小兵衛、二百石(片喰)国沢源六郎」を載せる。 (このあと原文は次の見出し「国支(くにし)」の記事に移る)国支は信濃(長野県)にある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

國澤クニサハ土佐國土佐郡國澤名より起る。當地方の豪族にして、土佐遺諦に、潮江要法寺の地は卽ち此れ國澤氏の居る所と云ふ。國澤氏·姓は秦なり。秦氏系圖に「國司秦某·老いて辭職し、其の兩子を左右に留む。一は長曾我部、一は國澤也」と見ゆ。二千貫の領主なりしと云ふ、吉良條參照。長曾我部元親の臣に國澤能明あり。其の後は「能春-能則-能直」なり。廣井、吉良條參照。貞治元年信又加賀藩給帳に「五百石(風車)國澤小兵衛、貳百石(片喰)國澤源六郞」を載せたり。國支クニシ信濃にあり。

姓氏家系大辞典 第2巻 477コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

国沢と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

国沢に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が国沢の前後にある名字です。

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