千

せんSen

全国3908位 ・ 約3,090人

千(せん)は、チの項を参照。

1件の公開家系図に 4人

基本情報

読み
せん
ローマ字
Sen
全国順位
全国3908位
推計人数
約3,090人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

千をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Sen読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 和泉国(大阪府)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

千(せん)は、チの項を参照。 【1】田中氏 ― 泉州(大阪府)堺発祥の名族で、茶聖・千利休の後である。利休は名を与四郎といい、屋号は納屋で、魚問屋を営んだ。ゆえに納屋与四郎とも呼ばれた。後に抛筌斎利休居士と号した。 十七歳の頃から茶道に心を寄せ、ついにその奥義を究めて名が天下に鳴り響いた。茶道をもって織田信長に仕え、後に秀吉に召されて禄三千石を賜った。 しかし利休は君寵を頼んで驕りに走り、私心のため秀吉の心にかなわず、加えてその娘が秀吉の命に応じなかったこと等により、天正十九年二月二十八日、死を命ぜられた。享年七十一であったという。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

千センチ條參照。 1田中氏泉州堺發祥の名族、茶聖千利休の後也。利休·名は與四郞、屋號は納屋。魚間屋也。故に納屋與四郞とも云ふ。後に抛筌齊利休居士と號す。十七歲の頃より茶道に心を寄せ、遂に其の奥義を究めて、其の名天下に鳴る。茶道を以つて、織田信長に仕へ、後ち秀吉に召されて、祿三千石を賜ふ。然るに利休·君寵を恃みて騒著に趨り、私僻の爲、秀吉の心に合はず、加ふるに其の女の命に應ぜざる等によりて、天正十九年二月二十八日、死を命ぜらる、年七十一也と云ふ。

姓氏家系大辞典 第3巻 448コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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