貝川
かいかわKaikawa
全国9209位 ・ 約849人
貝川(かいかわ)は、摂津国能勢郡の名族で、藤原鎌足十八世の孫・貝川乗政の三男長乗が、鳥羽天皇の御代に三十六人の家士を率いてこの地に来り、木代・切畑・大円の三か村…
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基本情報
- 読み
- かいかわ
- ローマ字
- Kaikawa
- 全国順位
- 全国9209位
- 推計人数
- 約849人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
貝川をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kaikawa読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 摂津国(大阪府・兵庫県)
- 陸中国(岩手県・秋田県)
- 羽後国(秋田県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
貝川(かいかわ)は、摂津国(大阪府・兵庫県)能勢郡の名族で、藤原鎌足十八世の孫・貝川乗政の三男長乗が、鳥羽天皇の御代に三十六人の家士を率いてこの地に来り、木代・切畑・大円の三か村を開発したと伝えられる。 (このあと原文は次の見出し「貝下塚(かいげつか)」を経て「貝沢(かいざわ)」の記事に移る) 貝沢は、上野(群馬県)・陸中(岩手県・秋田県)・羽後(秋田県)などにこの地名があり、出羽清原氏の一族にこの称号がある。「陸奥話記」に「清原武道を七陣となす。字は貝沢三郎云々」と見えるのがこれである。雄勝郡貝沢邑から起こった名称であろう。 「郡邑志」に「貝沢村は富める里である。昔、貝沢太郎という者が住んでいたと伝え、屋敷跡が残る」とある。 (このあと原文はさらに次の見出し「甲斐下(かいした)」の記事に移る) 甲斐下は、石見(島根県)に現存し、正しい読みは分からない。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
貝川カヒカハ攝津國能勢郡の名族にして、藤原鎌足十八世孫貝川乘政三男長乘、鳥羽天皇の御字、三十六人の家士を率ゐて、此の地に來り、木代、切畑、大圓の三ヶ村を開發す、と傳へらる。貝下塚カヒゲツカ貝澤カヒザハ上野、陸中、羽後等に此の地名ありて、出羽〓原氏族に此の稱號あリ。陸奥話記に「〓原武道を七陣と爲す。字は貝澤三郞云々」と見ゆる、之なり。雄勝郡貝澤邑より起りし名稱なるべし。郡邑志に「貝澤村は富める里なり、昔貝澤太郞といふもの居れりとぞ、屋敷跡のこる、」と。甲斐下カヒシタ石見に現存、正訓不明。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
貝川に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「貝」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が貝川の前後にある名字です。
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