蜷川
にながわNinagawa
全国5197位 ・ 約2,010人
蜷川(にながわ・みなかわ・いなかわ)は、摂津・岩代・越中などにこの地名が存する。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- にながわ
- ローマ字
- Ninagawa
- 全国順位
- 全国5197位
- 推計人数
- 約2,010人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
蜷川をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Ninagawa読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「蜷川」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
丸に菱
菱の実の形(菱形)を象った図案。
『姓氏家系大辞典』第4巻 567コマに「家紋盒子箸、丸に五松皮萎」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 摂津国(大阪府・兵庫県)
- 岩代国(福島県)
- 越中国(富山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
蜷川(にながわ・みなかわ・いなかわ)は、摂津(大阪府・兵庫県)・岩代(福島県)・越中(富山県)などにこの地名が存する。 【1】桓武平氏三浦氏族 ― 岩代国河沼郡蛇河庄(会津)より起こる。佐原義連の孫・景義(蜷川又太郎)が当庄を領したのに始まる。この蜷河庄の名は、文和・摩安・貞治などの文書に見え、文和三年十一月、石堂直房の判物には「会津蜷河庄半分の事云々、結城三河守殿」と載せており、結城氏も一時その半分を領していたようである。古い訓みはミナカワであったようだが、後にはイナカワといった。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
蜷川ニナガハミナカハイナカハ攝津、岩代、越中等に此の地名存す。 1桓武平氏三浦氏族岩代國河沼郡蛇河庄(會津)より起る。佐原義連の孫景義(蜷川又太郞)·當庄を領せしに始まる。此の蜷河庄の名は、文和、摩安、貞治等の文書に見え、文和三年十一月、石堂直房の判書には「會津蜷河庄牛分の事云々、結城三河守殿」と載せて、結城氏も一時其の半分を領せしが如し。古訓は、ミナカハなりしが如きも、後にはイナカハと云へリ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
蜷川に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「蜷」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が蜷川の前後にある名字です。
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