井筒

沢

さわSawa

全国948位 ・ 約1.9万人

沢(さわ)は、佐婆・佐波などと通ずる(原文にはもう一語あるが字が崩れている)。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
さわ
ローマ字
Sawa
全国順位
全国948位
推計人数
約1.9万人
全国比率
日本人のおよそ0.016%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

沢をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Sawa読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「沢」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第3巻 200コマに「紋は井筒、宇陀三將中」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 山城国(京都府)
  • 伊豆国(静岡県)
  • 近江国(滋賀県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

沢(さわ)は、佐婆・佐波などと通ずる(原文にはもう一語あるが字が崩れている)。また大和(奈良県)・山城(京都府)・伊豆(静岡県)・常陸(茨城県)・近江(滋賀県)・信濃(長野県)・紀伊(和歌山県)などにこの地名が多いので、その流派も少なくない。 【1】藤原姓 ― 大和国宇陀郡沢邑(伊那佐村)から起こり、沢の塁に拠る。「国民郷士記」に「沢山城は沢源六」と見える。応永十二年の宇陀郡奉行引付に「当郡の諸荘々は、おおむね沢・秋山の両人に押領される」とあるから、当時相当の豪族であったことは明白である。 後に伊勢北畠家の幕下に属し、宇陀三将の一つであった。筒井氏が大和を統一するに及んでその麾下となり、主家移封の際には、さらに豊臣秀長に仕えたという。……(中略) この沢氏は「英俊日記」に次のように載せる。「永正三年八月、京衆の沢議人が乱入したので、国業は十市・箸尾以下、南脇衆がことごとく多武峰に楯籠り、堅固に相踏み了る。二十七日、沢蔵軒が香久山に陣替えし、多武峰の麓の小屋二三所を追い落とす。九月四日、沢入道が惣勢を出して多武峰に取り懸け了んぬ。五日の暁、多武峰は没落し、すなわち焼き了る。言語道断の体である」 下って「勢州(三重県)四家記」に「和州宇陀三人衆・沢氏」また「宇陀三人衆・沢源六郎」などと見え、また「赤埴系図」に「木工允祐安の女は沢左衛門尉治久の妻」また「沢氏は七千石」とある。……(中略) 【2】和泉(大阪府)の沢氏 ― 日根郡の名族で、紀伊国岡崎……の名族・沢四郎善真が承暦三年八月八日に本郡山中村へ移り、八王子社を建て、その裔が神主となったという。また和泉郡坪井村の名族にこの氏があり、邸内に解気井と呼ぶ古井がある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

澤サハ佐婆、埃婆、佐波等と通ず。又大和、山城、伊豆、常陸、近江、信濃、紀伊等此の地名多ければ、其の流派尠からず。 1藤原姓大和國字陀郡澤邑(伊那佐村)より起り、澤壘に據る。國民郷士記に「澤山城は澤源六」と見ゆ。應永十二年、宇多郡奉行引付に「當郡諸庄々、大都そ澤、秋山の兩人に押領さる」とあれば、當時相當の豪族たりしや明白なりとす。後伊勢北畠家の幕下に屬し、宇陀三將の一たり。筒井氏·大和を統一するに及び、之れが麾下となり、主家移封の際、更に豐臣秀長に仕へしと云ふ。……此の澤氏は、英俊日記に「永正三年八月、京衆澤議人·亂入の間、國業は十市、箸尾以下、南脇衆、悉く多武峰に楯籠り、堅固に相蹈し了る。廿七日、澤藏軒·香久山に陣替へ、多武峰の麓の小屋二三所を追落す。九月四日、澤入道·惣勢を出して、多武峰に取り懸け了んぬ。五月の曉·多武峰·沒落し、則ち燒了す。言語道斷の體也」と載せ、下つて勢州四家記に「和州宇陀三人衆·澤氏、」また「字陀三人衆·澤源六郞」など見え、又赤埴系圖に「木工允祐安の女·澤左衞門尉治久の妻、」又「澤氏は七千石。」……2和泉の澤氏日根郡の名族にして、紀伊國岡崎〓の名族澤四郞善眞、承曆三年八月八日、本郡山中村に移り、八王子社を建て、その裔神主となると云ふ。また和泉郡坪井村の名族に此の氏あり、邸内に解氣井と呼ぶ古井あり。

姓氏家系大辞典 第3巻 200コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

沢と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

沢に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

「沢」で始まる・沢を含む名字

沢の字をそのまま含む、より長い名字です。

同じくらいの多さの名字

全国順位が沢の前後にある名字です。

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