水町
みずまちMizumachi
全国4433位 ・ 約2,540人
水町(みつまち)は、信濃・武蔵などに存する。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- みずまち
- ローマ字
- Mizumachi
- 全国順位
- 全国4433位
- 推計人数
- 約2,540人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
水町をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Mizumachi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 信濃国(長野県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 筑後国(福岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
水町(みつまち)は、信濃(長野県)・武蔵(東京都・埼玉県)などに存する。また水町袈裟六は財界に名がある。……(中略)川に挟まれた地などから起こったのであれば、ほかにも多いはずで、また水沼とも通じて用いられる。 【1】水間君 ― 筑後(福岡県)の豪族で、水沼君と同じ。みぬまの項参照。雄略紀十年の条に「身狭村主青が呉の献じた二羽の鶏を率いて筑紫に到った。この鶏は水間君の犬に噛まれて死んだ。これにより水間君は恐怖憂懼して自ら黙することができず、鴻十双と養鳥人とを献じて罪を贖おうと請うた。天皇はこれをお許しになった」と載せているのは、この氏の人である(一説に嶺県主泥麻呂の犬ともある)。 【2】物部流の水間君 ― これも筑後の豪族で、前項の氏を冒したものであろう。「天孫本紀」に「物部阿運古連公は水間君らの祖である」と見える。阿運古は「肥前風土記」に「筑前国(福岡県)宗像郡人・到是胡」とある人か。重ねて考えると前項の氏も物部氏の一族で、太古に分かれたものか。別に論ずべきである。 【3】景行帝裔の水間君 ― 「景行本紀」に「武国凝別命は筑紫水間君の祖」とある。 【4】同上 ― 同じく景行帝裔だが少し流を異にし、「景行本紀」に「国背別命は水間君の祖」と見える。 【5】三島水間君 ― これも景行帝裔で、「景行本紀」に「豊門別命は三島水間君云々の祖」と見える、摂津(大阪府・兵庫県)の三島か。 【6】水間宿禰 ― 「類聚符宣抄」巻四などにこの氏の人が見える。 【7】大和(奈良県)の水間氏 ― 添上郡の豪族で、水間城に拠る。天正の頃、水間民部少輔という人があり、物部氏族の水間君の裔と伝えられる。また筒井時代に水間宮内、山田氏配下に水間氏などが見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
水町ミツマチ信濃、武蔵等に存す。又水町袈裟六·財界に名あり。……川に夾まれたる地などより起りしなれば、他にも多かるべく、又水沼とも通じ用ひらる。 1水間君筑後の豪族にして、水沼君に同じ。ミヌマ條參照。雄略紀十年條に「身狹村主青·吳の献りし二鶏を將ゐて、筑紫に到る。是の鶏·水間君の犬の爲に噛まれて死にぬ。是に由りて水間君·恐怖憂養自ら默する能はず、鴻十雙と養鳥人とを献じ、以つて罪を讀はんと請ふ。天皇·これを許し給ふ焉」と載せたるは此の氏人也。(一に嶺縣主泥麻呂の犬とあり)。 2物部流の水同君これも筑後の豪族にて、前項氏を冒せしなるべし。天孫本紀に「物部阿運古連公は水問君等の祖也」と見ゆ。阿運古は肥前風土記に「筑前國宗像郡人到是胡」とある人か。再接するに前項氏も物部氏の族にて、太古分離せしものか。別に云ふべし。 3景行帝裔の水間君景行本紀に「武國凝別命は筑紫水間君の祖」とあり。 4同上同じく景行帝裔なれど少しく流を異にし、最行本紀に「國背別命は水間君の祖」と見ゆ。 5三島木間君これも旅行帝商にして、景行本紀に「豐門別命は三島水間君、云々の祖」と見ゆ、攝津の三島か。 6水間宿禰類聚符宜抄卷四等に此の氏人見ゆ。 7大和の水間氏添上郡の豪族にして、水間城に據る。天正の頃、水間民部少輔と云ふ人あり、物部氏族の水間君の裔と傳へられる。又筒井時代に水間宮内、山田氏配下に水間氏等見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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