於保

おほOho

全国7013位 ・ 約1,300人

於保(おほ)は、多・太・大に同じ。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
おほ
ローマ字
Oho
全国順位
全国7013位
推計人数
約1,300人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

於保をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Oho読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 陸奥国(東北地方)
  • 磐城国(福島県・宮城県)
  • 肥前国(佐賀県・長崎県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

於保(おほ)は、多・太・大に同じ。 【1】於保宿禰 ― 「除目大成抄」に「陸奥権少掾於保宿禰公親」という人物が見える。於保磐城臣の後裔であろうか。「磐城(福島県・宮城県)」の項を参照。 【2】高木氏流 ― 肥前(佐賀県・長崎県)の豪族で、高木・草野などと同族と伝えられる。すなわち「鎮西要略」文治二年九月二十七日の条に「草野・高木・龍造寺・菊池は、いずれも同じ一族から分かれたもので、藤原氏累代の貴族である……(中略) 筑前守貞永は、高木・草野・於保などの氏の祖である。貞永には三人の子があり、長男を宗貞といい、太郎大夫斎名正源と号した。初めて高木氏を名乗り、その土地を氏の名とした。 あわせて河上の宮司職を務め、於保・益田・八月・河上・笠寺の各氏は宗貞の庶流である」とある。家紋は日足紋(このあたりは原文が崩れている)。 「北肥戦誌」の異賊(蒙古)襲来の条に「肥前国には於保四郎種宗」、「要略」延文四年の条に「武家方於保弥五郎」、永享六年正月の条に「肥前国○○、於保」とある。 天文十二年の条に「於保備前守胤宗(龍造寺一族、八戸城主)などが多久に向かう」、同十四年の条に「正月十八日、於保備前守胤宗、志久峠の戦いに敗死す」とある。このことは諸書に見え、胤宗は入道して健功と称した。 これより前、龍造寺文書の嘉禄二年のものに「安松・於保二郎宗益」とある。 (このあと原文は次の見出し「音太」の記事に移る) 音太(おほ)は、安倍氏族膳臣の流れである。「おほべ」の項を見よ。……(中略) 「古事記」成務段に「国々の境、および大県・小県の県主を定め賜う」とある。史上に見えるものとしては、開化段に「丹波(京都府・兵庫県)の大県主」、次いで雄略紀に「志幾の大県主」、そのほか河内(大阪府)の大県主、尾張丹羽郡の大県などがある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

於保オホ多、太、大に同じ。 1於保宿禰除目大成抄に「陸奧權少椽於保宿禰公親」なる者見ゆ。於保磐城臣の後裔ならんか。イハキ條參照。 2高木氏流肥前の豪族にして高木、草野等と同族なりと傳へらる。卽ち鎭四要略文治二年九月廿七日條に「草野、高木、龍造寺、菊池、渠皆同胞より分るゝ所、而して藤氏累代の貴族也、云々。筑前守貞永、是れ高木、草野、於保云々等氏の祖也、貞永三子あり、長を宗貞と云ひ、太郞大夫齋名正源と號す。始めて高木氏、其の處を以つて氏號となすなり。兼ねて河上の宮司職を掌る、於保、益田、八月、河上、笠寺氏は宗貞の庶流也」と見ゆ。家紋日日足敏。北肥戰誌異賊(蒙古)襲來の條に「肥前國には於保四郞種宗、」要略延文四年條に「武家方於保彌五郞、」永享六年正月條に「肥前國郡伯、於保、」天文十二年條に「於保備前守胤宗(龍造寺一族、八戶城主)云々等、多久に向ふ」同十四年條に「正月十八日於保備前守胤宗、志久峠の戰に敗死す」と。この事諸書に見ゆ、胤宗入道して健功と稱す。これより前、龍造寺文書、嘉祿二年のものに「安松·於保二郞宗益」を載せたり。音太オホ安倍氏族膳臣の流なり。オホべ條を見よ。……古事記成務段に「國々の堺、及び大縣、小縣の縣主を定め賜ふ也、」と見ゆ。史上に見えたるは、開化段に「丹波の大縣主、」次に雄略紀に「志幾之大縣主、」其の他河内の大縣主、尾張丹羽郡の大縣等あり。

姓氏家系大辞典 第1巻 538コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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