宮道
みやじMiyaji
全国8609位 ・ 約945人
宮道(みやじ)は、「和名抄」の三河国宝飫郡に宮道郷を載せて美也知と訓じ、本国神名帳に、宝飫郡宮道天神が見える。
4件の公開家系図に 3人
基本情報
- 読み
- みやじ
- ローマ字
- Miyaji
- 全国順位
- 全国8609位
- 推計人数
- 約945人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
宮道をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Miyaji読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 三河国(愛知県)
- 美濃国(岐阜県)
- 山城国(京都府)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
宮道(みやじ)は、「和名抄」の三河国(愛知県)宝飫郡に宮道郷を載せて美也知と訓じ、本国神名帳に、宝飫郡宮道天神が見える。また美濃(岐阜県)などにこの地名が存する。 【1】宮道の別 ― 倭武尊の裔で、「古事記」に倭武尊の子「処具児王は、宮首之別、云々等の祖」と見えるが、宮首は宮道であろうという。 【2】宮道君 ― 倭武尊の裔で、前項の氏と同じく、三河国宝飫郡宮道郷より起こったものか。あるいは山城宇治郡の発祥か。「成務本紀」に「稚武王は云々、宮道君の祖」と見える。 【3】大和(奈良県)の宮道君 ― 「宮道氏系図」(「五郡神社記」所引)に「宮道君は日本武尊の子稚武王より出る。稚武王の後裔は近江国(滋賀県)滋賀郡に居り、淡海村部君となった。延暦年中に及び、大和国高市郡に遷り住んだ。淡海村部君陳義に詔して、牟佐神社の祝部と定め、宮道君の姓を賜った。これより先、祝部牟狭村主が平安京左京に本貫を置いたことによる」とある。 永享・文安の頃、禰宜散位正六位上宮道述之があり、すなわち「五郡神社記」の作者であるという(「大和志料」)。(おそらくは誤りか)。また「永享五年仲冬七日、牟佐神社禰宜元位宮道君述之(在判)」、また「塵永二十九年仲春二九日宮道述之」などとあるが、真偽は詳らかでない。 【4】宮道宿禰 ― 第一項、二項の後裔か。承和二年に至り、朝臣姓を賜った。山城宇治郡の古豪で、当郡の郡領家である。 【5】宮道朝臣 ― 前項の氏の後で、承和二年十一月紀に「主計頭従五位下宮道宿禰吉備麻呂、玄蕃少允同姓吉備機らに、朝臣姓を賜う」とある。氏人には元慶元年正月紀に「主計頭宮道朝臣弥益」がある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
宮道ミヤヂ和名抄、三河國寶飫郡に宮道〓を載せて美也知と訓じ、本國神名帳に、寶候郡宮道天神·見ゆ。又美濃等に此の地名存す。 1宮道の別倭武尊の裔にして、古事記に倭武尊の子「處具兒王は、宮首之別、云々等の祖」と見ゆれど、宮首は宮道ならむと云ふ。 2宮道君儀武尊の裔にて、前項氏に同じ三河國寶飫郡宮道〓より起りしか。或は山城宇治郡發祥か。成務本紀に「稚武王は云々、宮道君の祖」と見ゆ。 3大和の宮道君宮道氏系圖(五郡神社記所引)に「宮道君は日本武尊の兒稚武王より出づる也。稚武王の後葉·近江國澁賀郡に居り、淡海村部君と爲る。延曆年中に及び、遷りて大和國高市郡に住す。淡海村部君陳義に詔して、牟佐神社の祝部と定め、宮道君の姓を賜ふ。是より先、祝部牟狹村主·平安城左京に貫すれば也」と見ゆ。永享文安の際、禰宜散位正六位上宮道述之あり、即ち五郡神社記の作者なり(大和志料)と。(恐らくは非か)。又「永享五年仲冬七日、牟佐神社禰宜元位宮道君述之(在判)」、又「塵永二十九年仲春二九日宮道述之」などあれど、眞僞詳かならず。 4宮道宿禰第一項、二項の後か。承和二年に至り、朝臣姓を賜ふ。山城字治郡の古豪にして、當郡の郡頷家也。 5宮道朝臣前項氏の後にして、水和二年十一月紀に「主計頭從五位下宮道宿禰吉備麻呂、玄蕃少允同姓吉備機等に、朝臣姓を賜ふ」とあり。氏人には元慶元年正月紀に「主計頭宮道朝臣彌益」あり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
宮道と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
宮道に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「宮」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が宮道の前後にある名字です。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
