宮倉

みやくらMiyakura

全国8499位 ・ 約965人

宮倉(みやぐら)は、阿波などにこの地名があって、武蔵国高麗郡下畑村の名家に見え、宮倉三郎兵衛の後裔だという。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
みやくら
ローマ字
Miyakura
全国順位
全国8499位
推計人数
約965人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

宮倉をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Miyakura読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 阿波国(徳島県)
  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 丹波国(京都府・兵庫県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

宮倉(みやぐら)は、阿波(徳島県)などにこの地名があって、武蔵国(東京都・埼玉県)高麗郡下畑村の名家に見え、宮倉三郎兵衛の後裔だという。 (このあと原文は隣の見出し「屯倉」の記事に移る) 屯倉(みやけ)は、上代、皇室の直轄領であった地である。屯倉は御宅であり、その地を支配した○(この一字は原文が崩れている)と倉庫を意味する語であるが、転じて屯倉領の土地を指し、その田地を屯田・御田などともいった。 詳細は「日本上代における社会組織の○究(この一字は原文が崩れている)」を見よ。 【1】屯倉首 ― 地方官名の一つで、屯倉を管理する職であった。○寧紀(この一字は原文が崩れている)に「赤石郡縮見屯倉首忍海部造細目」などと見えるのはその一例である。 これは単に屯倉の官舎を管理するだけでなく、その屯倉に付属する土地(みやくに・みやけ)や人民を支配したのである。この人物は「播磨風土記」に「志深村首伊等尾」とあることによって知られる。 【2】依網屯倉 ― 阿弥古丹波氏族の一つ。ヨサミの項を見よ。 【3】粟田朝臣姓 ― 熱田神宮の社家である。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

宮倉ミヤグラ阿波等に此の地名ありて、武藏國高麗郡下畑村の名家に見ゆ、宮倉三郞兵衞の後裔也と。屯倉ミヤケ上古、皇室直轄領たりし地也屯倉は御宅にて、其の地を支配せし官術.倉庫を意味する語なれど、轉じて屯倉領の土地を指し、その田地を屯田、御田などとも云へり。詳細は「日本上代に於ける社會組織の〓究」を見よ。 1电倉首地方官名の一にして、屯倉を掌るを職とせし也〓寧紀に「赤石郡縮見屯倉首忍海部造細目」など見ゆるは、其の一例にして、こは單に屯倉官舍を掌るのみならず、其の屯倉に附屬する土地、ミヤクニ-ミヤケ人民を支配すし也。この人を橋磨風土記に「志深村首伊等尾」とあるによりて知るべし。 2依網屯倉阿弥古丹波氏族の一、ヨサミ條を見よ。 3粟田朝臣姓熱田神宮の社家也。

姓氏家系大辞典 第6巻 130コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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