向笠
むかさMukasa
全国6318位 ・ 約1,520人
向笠(むかさ)は、遠江の向笠氏で、磐田郡向笠(六笠)より起こる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- むかさ
- ローマ字
- Mukasa
- 全国順位
- 全国6318位
- 推計人数
- 約1,520人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
向笠をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Mukasa読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 遠江国(静岡県)
- 伯耆国(鳥取県)
- 甲斐国(山梨県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
向笠(むかさ)は、遠江(静岡県)の向笠氏で、磐田郡向笠(六笠)より起こる。同郡向笠(六笠)城(向笠村)は向笠五郎、向笠伯耆守の居城で、甲州(山梨県)武田氏に属した。天正元年、酒井忠次にこの城を攻め落とさせた。当時、伯耆守がこの城にあった。その孫・向笠平兵衛は、井伊掃部守に仕えた。また「三河物語」の遠江衆に向笠氏を収める。 (このあと原文は次の見出し「向井(むかい)」の記事に移る) 向井六左衛門、また一説に「向井伊賀の男・兵庫忠安があり、その子・将監忠勝が幕府に仕えた」という。 【6】磐城(福島県・宮城県)の向井氏 ― 白石晴光の家臣に向井主殿があり、佐竹の兵と戦って死んだ。「白石」の項を参照。 【7】備後(広島県)の向井氏 ― 「芸藩通志」に「山家村向井氏。先祖向井伊賀は戸河内村に居り、その地を向井殿と呼ぶ。子・市助は永禄四年に当村に来て、里正となった。今の源五邸まで、十一世」などと見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
向笠ムカサ遠江の向笠氏磐田郡向笠(六笠)より起る。同郡向笠(六笠)城(向笠村)は向笠五郞、向笠伯耆守の居城にして、甲州武田氏に屬す。天正元年酒井忠次をして,當城を拔かしむ。當時、伯耆守當城にあり。其の孫向笠平兵衞、井伊掃部守に仕ふ。又三河物語、遠江衆に無笠氏を收む。向井六左衞門又一に「向井伊賀の男兵庫忠安あり、其の子將監忠勝·幕府に仕ふ」と云ふ。 6磐城の向井氏白石晴光家臣に向井主殿あり、佐竹の兵と戰ひて死す、白石條を見よ。 7備後の向井氏藝藩通志に「山家村向井氏。先祖向井伊賀は戶河内村に居り、其の地を向井殿とよぶ。子市助、永祿四年、當村に來り、里正となる。今の源五邸まで、十一世」など見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
向笠と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
向笠に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「向」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が向笠の前後にある名字です。
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