古江
ふるえFurue
全国3555位 ・ 約3,530人
古江(ふるえ)は、「和名抄」に越中国射水郡の古江郷を収め、布留衣と訓ずる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ふるえ
- ローマ字
- Furue
- 全国順位
- 全国3555位
- 推計人数
- 約3,530人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
古江をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Furue読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「古江」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
巴
弓を射るとき腕に着ける鞆(とも)を象り、三つを渦に組んだ図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 383コマに「家紋右一巴、鬼葛」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 越中国(富山県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 日向国(宮崎県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
古江(ふるえ)は、「和名抄」に越中国(富山県)射水郡の古江郷を収め、布留衣と訓ずる。また武蔵(東京都・埼玉県)・下野(栃木県)・日向(宮崎県)・大隅(鹿児島県)などにこの地名がある。 【1】片切氏族 ― 信濃発祥で、片切蔵人為基の後裔という。家紋は右一つ巴、鬼葛。「寛政系譜」に兵大夫為親(水忠)より続く系図がある(この一節は原文が崩れて詳細が読み取れない)。郡内古谷上村善仲寺の円基、古尾谷近江太郎信秀(応永六年没)などが見える。今の世には伝わらず、世系を知ることはできない。 案ずるに、延徳元年の上杉定正の文書に古尾谷氏の名が載る。また久良岐郡洲崎村龍源寺の天文十年の鐘銘に「古尾谷中務少輔平重長、法名道伝」とあり、この二人もその祖先などであろうか。また「小田原役帳」に「伊東の内、尾形・古尾周防」とあり、これは永禄二年の改めであるから、周防(山口県)は中筑後に仕えた古尾谷氏であろうか。……(中略) 【2】中氏族 ― 前項を参照。「新編武蔵風土記」に「中氏(古市場村)の先祖を中筑後守祐信という。上杉民部大輔憲政に仕え、故あって北条氏康のために滅ぼされたが、○(この地名は原文が崩れている)波田弾正某と縁があったことから、郡内○波田村へ土着し、後にこの村へ来たとされ、それより二百年に及ぶという。 家に伝わる系図は北野村天神社へ納めたといい、かつ昔、中某は古谷本郷の領主で、当時の人は古尾谷殿と称した。現に古谷上村善仲寺は筑後守の城跡であるなどというが、疑わしい。案ずるに、善仲寺の鐘銘に『中筑後守祐信、主君古尾谷氏のためにこの寺を開基する』などとあり、そうであれば古尾谷と筑後(福岡県)とは別人であり、筑後は古尾谷の家人であったことが知れる」とある。仲条第七項を参照。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
古江フルエ和名抄、越中國射水郡に古江郷を收め、布留衣と訓じ、又武蔵、下野、日向、大隅等に此の地名あり。 1片切氏族信濃發祥にして、片切藏人爲基の後裔と云ふ。家紋右一巴、鬼葛。寛政系譜に、兵大夫爲親(水忠)よリ系あ入道、また郡内古谷上村善仲寺圓基古尾各近江太郞信秀(應永六年卒)などあり。今世に聞えざれば、世系だに知るべからず。按ずるに延德元年、上杉定正の文書に古尾谷氏の名をのす。又久良岐郡洲崎村龍源寺天文十年の鐘銘に「古尾谷中務少輔平重長、法名道傳」とあり、此の二人も其の祖先などにや。又小田原役帳に「伊東內、尾形·古尾周訪」とのす、是れ永祿二年の改なれば、周防は中筑後に仕へし古尾谷氏なるにや。……2中氏族前項參照。新編武蔵風土記に『中氏(古市場村)先祖を中筑後守祐信と云ふ。上杉民部大輔憲政に仕へ、故ありて北條氏康の爲に亡ぼされしが、離波田彈正某が因みあるをもて、郡内雖波田村へ土着し、後當村に來れる由、夫より二百年に及ぶと云ふ。家に傳へし系圖は北野村天神社へ納めし由、且往古中某は古谷本〓の領主にて、時の人古尾谷殿と稱す。現に古谷上村善仲寺は則ち筑後守の城蹟なりなどいへど疑ふべし。按ずるに善仲寺の鐘銘に「中筑後守站信·主君古尾谷疑の爲に當寺を開基する也云々とあり。さあらば古尾谷と筑後とは別人にして、筑後は古尾谷の家人なること知べし』と。仲條第七項參照。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
古江に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「古」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が古江の前後にある名字です。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
