今福
いまふくImafuku
全国2539位 ・ 約5,550人
今福(いまふく)は、甲斐・肥前・摂津などに今福邑があり、それより起こる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- いまふく
- ローマ字
- Imafuku
- 全国順位
- 全国2539位
- 推計人数
- 約5,550人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
今福をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Imafuku読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「今福」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
『姓氏家系大辞典』第1巻 301コマに「家紋花菱、丸に割萎、稻穗の内鎌打違、と見ゆ」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 甲斐国(山梨県)
- 肥前国(佐賀県・長崎県)
- 摂津国(大阪府・兵庫県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
今福(いまふく)は、甲斐(山梨県)・肥前(佐賀県・長崎県)・摂津(大阪府・兵庫県)などに今福邑があり、それより起こる。 【1】清和源氏武田氏流 ― 甲斐国巨摩郡奈胡郡今福より起こる。武田の庶流奈胡蔵人より出るという。後に和泉守入道浄閑斎、その子丹波守、その弟市左衛門昌私・新右衛門昌常などがある。「寛政系譜」に家紋は花菱、丸に割菱、稲穂の内鎌打違いと見える。西山梨郡相川にも今福氏がある。 【2】遠江駿河の今福氏 ― 榛原郡諏訪原城(金谷)は武田氏の属城であり、今福丹波守などが守ったという。また上吉田の小山城も天正年間に今福丹波守が守った。また駿河国(静岡県)久能城は、永禄十一年十二月に甲斐勢が乱入し、武田家の家臣今福入道浄閑が与力四十騎を従えて守ったという。 【3】松浦党 ― 肥前国松浦郡今福邑より起こる。また彼杵郡にも今福があり、この氏の分かれで、松浦山代文書に永徳中に住んだ地であるらしい。永徳四年二月のものに「させほのいまふく左道は熱田の小名なり。衛門尉吉家、大村氏流同平左衛門尉範家がある」……(この先は原文が崩れて読み取れない) (このあと原文は次の見出し「今道(いまみち)」の記事に移る) 今道は、肥前国彼杵郡の今道小路より起こる。大村氏の一族であり、その家譜に「純伊公三男純直の子純利が、今道越後守と称して今道小路に開くをもって氏と為す」と見える。その裔に今道左京純経があり、大村純伊に仕えた。「大村記」以下の書に多く見える。またその後に今道遠江純周がある。 (このあと原文は次の見出し「今水(いまみつ)」の記事に移る) 今水は信濃(長野県)にある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
今福イマフク甲斐、肥前、攝津等に今福邑あり、それより起る。 1〓和源氏武田氏流甲斐國巨摩郡奈胡郡今福より起る、武田の庶流奈胡藏人よリ出づと云ふ。後和泉守入道淨閑齋七、其子丹波守、其弟市左衞門昌私·新右衞門昌常等あり。寛政系譜に家紋花菱、丸に割萎、稻穗の内鎌打違、と見ゆ。西山梨郡相川にも今福氏あり。 2遠江駿河の今福氏榛原郡諏訪原城(金谷)は武田氏の屬城にして今福丹波守等守ると。又上吉田の小山城も天正年間今福丹波守守る。又酸河國久能城、永祿十一年十二月、甲斐勢亂入、武田家の家臣今福入道淨閑、與力四十騎を從へて守ると。 3松浦黨肥前國松浦郡今福邑より起る。又彼杵郡にも今福あり、此の氏の分松浦山代文書永德住せし地なるが如し。四年二月のものに「させほのいまふく左道は熱田の小名也。衞門尉吉家、大村氏流同平左〓門尉範家あり、肥前國彼杵郡の今道小路よ今り起る。大村氏の一族にして其の家譜に「純〓公三男純直の子純利·今道越後守今道小路を闘くを以つて氏と爲す」と見えたり。其の裔に今道左京純經あり、大村純伊に仕ふ、大村記以下の書に多く見ゆ。又その後に今道遠江純周あり。今水イマミツ信濃にあり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
今福に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「今」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が今福の前後にある名字です。
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