今富
いまとみImatomi
全国7649位 ・ 約1,140人
今富(いまとみ)は、若狭・上総に今宮庄があり、また肥前・土佐に今富邑がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- いまとみ
- ローマ字
- Imatomi
- 全国順位
- 全国7649位
- 推計人数
- 約1,140人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
今富をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Imatomi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 若狭国(福井県)
- 上総国(千葉県)
- 肥前国(佐賀県・長崎県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
今富(いまとみ)は、若狭(福井県)・上総(千葉県)に今宮庄があり、また肥前(佐賀県・長崎県)・土佐(高知県)に今富邑がある。 【1】大江姓 ― 肥前国彼杵郡郡村今富から起こる。当地方の大族で、「博多日記」の裏書に「今富十郎入道明幸(嘉暦三年云々)。今富又次郎入道(元亨三年六月六日、正中二年四月二十二日)。今富田崎次郎入道。今富秋次九郎次郎入道(正中二年四月二十二日、同五十九)」とある。 また「深堀文書」建武元年十月のものに「今富彦三郎入道、同十郎入道」が見え、「○村記」引用の正平二十五年成立の記録に「今富兵庫介、同勘解由左衛門、同八世」を載せている。 これより前の嘉禎二年、大番役に関する○書案に「今富二郎、今富三郎、今富四郎」などが見え、大族であったことがわかる。そのほか「後藤家記録」「鎮西要略」などにもこの氏についての記事がある。 系図によれば大江姓であり……(この先は原文の行が崩れて読み取れない)
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
今富イマトミ若狭、上總に今宮庄あり、又肥前、土佐に今富邑あり。 1大江姓肥前國彼杵郡郡村今富より起る。當地方の大族にして、博多日記の裏書に「今富十郞入道明幸(嘉曆三年云々)。今富又次郞入道(元享三、六月六日、正中貳、四月廿二日)。今富田崎次郞入道。今富秋次九郞次郞入道(正中二、四、廿二、同五十九)」と載せ、深堀文書建武元年十月のものに「今富彥三郞入道、同十郞入道」見え、又〓村記引用正平二十五度成年の書記に「今富兵庫介、同勘解由左衞門、同八世を載せたり。又此等より前、嘉禎二年大番に關する〓書案に「今富二郞、今富三郞、今富四郞」等見ゆ、大族たりしを知るべし。其の他後藤家記錄、鎭西要略等にも此の氏の事あり。系圖に據れば大江姓にして……
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
今富と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
今富に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「今」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が今富の前後にある名字です。
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