二渡
にわたりNiwatari
全国7921位 ・ 約1,080人
二渡(ふたわたり)は、【1】桓武平氏 ― 薩摩国伊佐郡の豪族で、二渡邑から起こり、高城(山崎、二渡村)に拠る。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- にわたり
- ローマ字
- Niwatari
- 全国順位
- 全国7921位
- 推計人数
- 約1,080人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
二渡をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Niwatari読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 薩摩国(鹿児島県)
- 遠江国(静岡県)
- 近江国(滋賀県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
二渡(ふたわたり)は、【1】桓武平氏 ― 薩摩国(鹿児島県)伊佐郡の豪族で、二渡邑から起こり、高城(山崎、二渡村)に拠る。渋谷一族・東郷氏重の七男・二渡六郎から出た。 「地理纂考」に「二渡村は高城・渋谷氏一族、東郷氏重第七男・東郷六郎の居城である」とある。……(中略) 【2】秀郷流藤原姓足利氏族 ― 小倉大学忠道カカ、左近道利の弟・道勝、二渡奥四郎という。……(中略) (このあと原文は次の見出し「敷智(ふち)」の記事に移る)遠江国(静岡県)に敷智郡がある。「和名抄」に淵と註し、霊亀元年五月紀に遠江敷智郡、水和元年二日紀に遠江国敷智郡などがあるのを初見とする。後の浜松庄などである。また近江国(滋賀県)野洲郡にも敷智郡があって、「国用淵字」と見える。 (このあと原文は次の見出し「富知(ふち)」の記事に移る)駿河(静岡県)に富知神社、また上野(群馬県)などにこの地名がある。そして「大同類薬方」に「佐久良薬、また駿河薬、富知山彦などの家に伝わるところ」と見える。 (このあと原文は次の見出し「不知(ふち)」の記事に移る)富士・福士・鵜同・乳井・不来方・南条などの項を見よ。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
二渡フタワタリ1桓武平氏薩摩國伊佐郡の豪族にして、二渡邑よリ起リ、高城(山崎、二渡村)に據る。澁谷一族東郷氏重の七男二渡六郞より出づ。地理纂考に一二渡村、高城·澁谷氏一族、東郷氏重第七男東〓六郞の居城なり。……2秀〓流藤原姓足利氏族小倉大學忠道カカ、左近道利の弟道勝·二渡奥四郞と云ふ。……敷智フチ遠江國に敷智郡あり。和名抄に淵と註し、靈亀元年五月紀に遠江敷智郡、水和元年二日紀遠江岡敷智郡などあるを初見とす。後の濱松庄等也。また近江國野洲郡にも敷智〓ありて、「國用淵字」と見봄富知フチ駿河に富知紳社、又上野等に此の地名あり。而して大同類藥方に「左久良藥、又駿河藥、富知山彥等の家に傳ふる所」と見ゆ。不知フチ富士、福士、鵜同、乳井、不來方、南條等の條を見よ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
二渡に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「二」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が二渡の前後にある名字です。
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