平徳子
たいら とくこ
1155年〜1214年
平安時代生まれ平
高倉天皇中宮・建礼門院
平 徳子(たいら の とくし/のりこ、1155年〈久寿2年〉- 1214年1月25日〈建保元年12月13日〉)は、日本の第80代高倉天皇の皇后(中宮)、第81代安徳天皇の母。
基本情報
- 生年
- 1155年
- 没年
- 1214年
- 時代
- 平安時代
- 名字
- 平
- 肩書
- 高倉天皇中宮・建礼門院
- 出典
- 平清盛の家系図
この人について
平 徳子(たいら の とくし/のりこ、1155年〈久寿2年〉- 1214年1月25日〈建保元年12月13日〉)は、日本の第80代高倉天皇の皇后(中宮)、第81代安徳天皇の母。女院。院号は建礼門院(けんれいもんいん、旧字体: 建禮門院)。
父は平清盛、母は平時子。異母兄に重盛、基盛ら、同母兄弟に宗盛、知盛、重衡、藤原信親室(後冷泉隆房室)がいる。
この略歴はウィキペディア日本語版「平徳子」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
平徳子を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
平重盛
長男
武将・公卿
1138年〜1179年
平基盛
次男
武将
1139年〜1162年
平宗盛
三男
武将・公卿
1147年〜1185年
平徳子
三女
高倉天皇中宮・建礼門院
1155年〜1214年
平知盛
四男
武将
1152年〜1185年
平盛子
四女
近衛基実室
1156年〜1179年
平重衡
五男
武将
1157年〜1185年
平完子
六女
近衛基通室
平知度
七男
武将
〜1183年
平清房
八男
武将
〜1184年
平時子
平清盛継室・二位尼
〜1185年
平清盛
長男
武将・公卿(太政大臣)
1118年〜1181年
高階基章の娘
平清盛正室
100%
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家族
年表:平徳子と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 平安時代 | 鎌倉時代 | |
|---|---|---|
| この人 |
|
|
| 世の中 |
|
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年この人世の中
平安時代
誕生- 保元の乱が起こる
- 平治の乱が起こる
- 平清盛が太政大臣になる
- 法然が浄土宗を開く
- 源頼朝が伊豆で兵を挙げる
- 平氏が都を落ちる
鎌倉時代
壇ノ浦の戦いで平氏が滅びる/国ごとに守護、荘園に地頭が置かれる- 奥州藤原氏が滅びる
- 栄西が宋から帰り禅を伝える
- 源頼朝が征夷大将軍になる
- 源頼朝が没する
- 北条時政が執権となる
- 新古今和歌集がまとめられる
- 鴨長明が方丈記を書く
- 没
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
23人
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