九曜

飯嶋

いいじまIijima

全国3695位 ・ 約3,330人

飯嶋(いいじま)は、信濃・常陸・羽後などに飯島邑があり、この氏はそれらの地名を負う。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
いいじま
ローマ字
Iijima
全国順位
全国3695位
推計人数
約3,330人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

飯嶋をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Iijima読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「飯嶋」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第1巻 282コマに「家紋丸に揚羽蝶九曜」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 羽後国(秋田県)
  • 信濃国(長野県)
  • 常陸国(茨城県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

飯嶋(いいじま)は、信濃(長野県)・常陸(茨城県)・羽後(秋田県)などに飯島邑があり、この氏はそれらの地名を負う。 【1】清和源氏片切氏流 ― 信濃国伊那郡飯島邑から起こる。「尊卑分脈」に「満快五世孫・片切為行―二郎太夫為編(信州岩間飯島の祖)」と見える。「甲陽軍鑑」に飯島五十の将とある。 【2】清和源氏村上氏流 ― 「寛政系譜」頼○流に収める。忠貞から系がある。家紋は丸に揚羽蝶、九曜。 【3】常陸の飯島氏 ― 常陸国飯島村から起こる。「新編国志」に「飯島は那珂郡飯島村から出た。熊野山願文、明徳二年十二月二日の連署の内に飯島七郎光忠の子息・宗忠とあって、下に中西とあるのは那珂四郡のことである」と見える。宗忠もまた七郎といい、勝倉台館に拠った。 【4】会津の飯島氏 ― 「新編会津風土記」耶麻郡飯代(いいしろ)○下岩崎邑の条に、館については天福の頃、飯島○(この先は原文が崩れて読み取れない)と伝える。 【5】甲州(山梨県)の飯島氏 ― 信濃飯島氏と同族であるという。会津家臣飯島氏の天正十年文書に「甲州寄田の内十貫文、田中の内八貫文のこと」などと見える。 【6】河内(大阪府)の飯島氏 ― 飯島三郎右衛門尉は若江郡高井田村の人である。初め信長、次いで秀吉・秀頼に仕え、大坂夏の陣で若江に戦死した。この子孫は今、岩田村にある。 【7】藤原姓 ― 「寛政系譜」土岐支流、植村氏譜に「先祖は土岐から出た。はじめ飯島と号した、飯島は藤原氏である」と見える。 【8】其の他 ― 飯島氏は「承久記」巻四に飯島太郎(備前坊)、北条役帳に江戸の内、駒井宿河原・太田新六郎康資の寄子・飯島某が見える。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

飯嶋イヒシマ信温、常陸、羽後等に飯島邑あり、此の氏は其等の地名を負ふ。 1〓和源氏片切氏流信遠國伊那郡飯島邑より起る。尊卑分脈に「滿快五世孫片切爲行-二郎太夫爲編(信州岩間飯島祖)」と見ゆ。甲艦に飯島五十の將とあり。 2〓和源氏村上氏流寬政系譜賴〓流に收む。忠貞より系あり、家紋丸に揚羽蝶九曜。 3常陸の飯島氏常陸國飯島村より起る。新編國志に「飯島·那珂郡飯島村より出たり。熊野山願文明德二年十二月二日の連署の内、飯島七郞光忠子息宗忠とありて、下に中西とあり那珂四郡のことなり」と見ゆ。宗忠も亦七郞と云ふ。勝倉臺館に據る。 3會津の飯島氏新編會津風土記耶麻郡イヒシロ〓下岩崎邑條に「館述、天福の頃飯島算後信之藥くと云」と見ゆ。 4甲州の飯島氏信濃飯島氏と同族なりと云ふ。會津家臣飯島氏天正十年文書に「甲州寄田内拾貫文、田中內八貫文事」など見ゆ。 5河内の飯島氏飯島三郞右奮門尉は若江郡高井田村の人也。初め信長、次いで秀吉、秀頼に仕へ、夏の陣若江に戰死せリ。この子孫今岩田村にあり。 6藤原姓寬政系譜土岐支流、植村氏譜に「先祖土岐より出づ。始め飯島と號す、飯島は藤原氏なり」と見ゆ。 7其の他飯島氏は承久記卷四に飯島太郞(備前坊)、北條役帳に江戶の內駒井宿河原太田新六郞康資が寄子飯島某見ゆ。

姓氏家系大辞典 第1巻 282コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

飯嶋と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

飯嶋に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が飯嶋の前後にある名字です。

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