葛城

かつらぎKatsuragi

全国3330位 ・ 約3,860人

葛城(かつらぎ)は、古代大和に葛城国があり、また葛木県といった。

7件の公開家系図に 7人

基本情報

読み
かつらぎ
ローマ字
Katsuragi
全国順位
全国3330位
推計人数
約3,860人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 大和国(奈良県)
  • 尾張国(愛知県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

葛城(かつらぎ)は、古代大和に葛城国があり、また葛木県といった。後の葛城郡であり、中古に分かれて葛上(「和名抄」に加豆良岐乃加美)、葛下(加豆良支乃之毛)の二郡となった。中世以後、葛木庄がある。葛城は古くから葛木とも書く。この氏の多くはこの地より起こる。そのほか諸国に葛城・葛木の地名は少なくない。「葛城部」の項を参照。 【1】葛城国造 ― 葛城国は後の大和国(奈良県)葛上・葛下両郡付近の地である。また葛城県とも見える。すなわちこの国造は小円造で、県主と変わるところなく、大倭国の管轄を受けたと考えられる。「神武紀」二年条に「剣根なる者を葛城国造とする」と見えるのを初見とする。思うにこの地は高尾張邑の土蜘蛛を征伐した功によるものか。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

葛城カツラギ古代大和に鳶城國あり、又葛木縣と云ふ。後の葛城郡にして、中古·分れて葛上(和名抄に加豆良岐乃加美)、葛下(加豆良支乃之毛)の二郡となる。中世以後葛木庄あり。葛城は古くより又葛木に作る。此の氏の多くは此の地より起る。其の他、諸國に葛城、葛木の地名尠からず、カツラギベ條を見よ。 1葛城國造葛城國は後の大和國葛上葛下兩郡附近の地なり。又葛城縣とも見ゆ。卽ち此の國造は小圓造にて、縣主とかはる處なく、大倭國の管轄を受けたりと考へらる。神武紀二年條に「劔根なる者を以つて葛城國造と爲す、」と見ゆるを初見とす。蓋し此の地·高尾張邑の土蜘蛛を征伐したる功によるか。

姓氏家系大辞典 第2巻 206コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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